ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
63/84

人間は、絶対自分が全てやると思ってはいけないのです。私はローマ人が非常に良いと思ったのは、ローマ帝国はカエサルが青写真を書いた。これをアウグストゥスが家を建て、家の装飾をしたのがティベリウスです。これら最初の3人でローマ帝国ができました。その後、暴君ネロなどが相当にガタピシさせますが、それでも崩れなかった。そして、その後、五賢帝時代が来るのですが、五賢帝がやったことは、あくまでその手直しなのです。また、五賢帝の前には、カリグラという評判の悪い皇帝がいましたが、この皇帝はローマ水道2本の建設を始めたのです。カリグラはその後暗殺されましたが、カリグラが建て始めた水道は後のローマ皇帝たちが受け継ぐのです。それから、ライン川とドナウ川の上流というのは一番防衛が難しいところです。ドミティアヌスという皇帝がそこに防壁を建てました。彼は評判が悪く殺されましたが、その皇帝がやったことを次の五賢帝たちが引き継いでいく。しかし、今のイタリアでは、ポピュリズムの政党が出てきて、前にやったことを全部廃止しています。こういうことをやっているからダメなのです。ローマでは、街道も水道も受け継がれました。コロッセオは、前皇帝がやったことを廃止した唯一の例外ですが、あとは全部のちの時代につなげています。これはやはり、国力を無駄なく効率的に使う方法としては、良いことだと思います。9.おわりに本日は、エリートとは何かということを中心にお話ししてきました。では、最後にエリートが失敗するのはどういう場合かについてお話しします。エリートが失敗するのは、自分が本当の意味でのエリートであるという自覚を失ったときです。それは、ただ単に地位が高かったり、秘書官が多くいたり、また、何かするとタガが緩んでくるような人は決してエリートではありません。私は、エリートというのは「自覚すること」だと思います。自覚して、ほかの人がやらないことも、役割、必要があればやることができる人、また、人がやらないことをやる覚悟がある人のことだと思います。例えば、ラグビーも同じでしょう。なぜあのような苦労をするのでしょうか。それは苦労したいからやっているわけではなく、本当の意味で生きたいから苦労しているのです。そして、私は、エリートというのは時々、始終階段を駆け上がっているのではなくて、踊り場で時々胸に手を置いて、自分は、本当は何をやりたいのか、それを問うても良いのではないかと思っています。要するに、自問自答です。この自問自答する能力があると、それが自然に自己制御になってきます。私にとってのエリートには、こういったことが必要です。(研修主催者の責任において、講演内容の構成を一部変更しています。)講師略歴塩野 七生(しおの ななみ)作家1937年、東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006年に完結)。1993年、『ローマ人の物語1』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008-2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2011年、「十字軍物語」シリーズ全4冊完結。2013年、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(上・下)を刊行。2017年、「ギリシア人の物語」シリーズ全3巻を完結させた。 ファイナンス 2020 Mar.59職員トップセミナー 連載セミナー

元のページ  ../index.html#63

このブックを見る