ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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のは人間です。将棋の駒でも碁石でもないのです。人間は、彼らが考えた戦略、戦術どおりには動いてくれない場合がしばしばあります。このときに「あっ」と思って、自分が考えるように作戦をやり直そうとする人は絶対に凡将です。名将というのは、そういった動きに乗りながら兵士を使うのです。臨機応変なのです。哲人皇帝として有名なマルクス・アウレリウスは、本当は戦争が下手だったのです。なぜかというと、彼は考えを巡らせる哲学者だったからです。しかし、戦場では、ぱっと決めなくてはなりません。考えを巡らせているのでは、話にならないのです。そのこともあって、彼は、ドナウ川あたりで10年も苦労しました。(2)複眼的な視点臨機応変のほかにもう一つ、複眼的な視点、すなわち虫の視点と鷹の視点の双方を備えた視点が名将には必要です。この双方の視点をアレクサンダーやカエサルのような名将は全員持っています。そして、これこそが本当の意味でのエリートなのです。「民の声は神の声」と言いますが、「神の声にも問題がないわけではない」とマキアヴェッリも言っています。民衆というのはイタリア語でポポロと言います。ポポロは、どちらがいいかと具体的なことを聞かれれば、相当に正確な判断を下します。しかし、抽象的なことを言われるとダメなのです。つまり、抽象的なことには鷹の視点が必要なのです。私は『ローマ人の物語』の第10巻でインフラを取り上げました。そのときに、東大の土木科の先生に「東大では、どういうことを教えているのか。」と聞いたことがあります。そうしたら、「どうやって橋や道路をつくるのかということを教えている。しかし、あなたの本では、『なぜここに必要なのか』という視点が示されており、不思議だった。」と彼は言ったのです。だから私は「東大の土木科で週に1回でもよいので、そのような『なぜここに必要なのか』という視点を提示してほしい。」と言いました。これこそが、虫の視点ではなく鷹の視点です。例えば、川があるとします。そこで国は、政策上適切な場所と考えられるこの川の上流に橋をつくる。しかし、下流に住んでいる人は、いや、もう一つ橋が欲しいと言います。それで議員に働きかけて、国が下流に橋をつくる。それでは困るのです。では、ローマ人は下流につくる橋はどうしたかというと、これは地方自治体が勝手につくってよいということにしました。また、例えば、トヨタが川の中ほどに橋をつくりたいということであれば、それもまた認めるわけです。名前はトヨタ橋とつけてもよいのです。国以外の者も勝手につくってよいこととする代わりに、これらの橋は誰でも通行可能としなければならないという条件を付けました。また、橋のメンテナンスはつくった者の責任としました。こうして、30万キロに及ぶ古代ローマ街道網ができていくわけです。国の事業で実施したのは8万キロ、地方自治体が責任を持って実施したものが15万キロ。残りが個人、つまり寄附です。ローマ街道は入場料もなく、いまだに使われている。こういうのを鷹の視点と言うのです。それこそがエリートの仕事なのです。(3)若手を育成するために必要なこと複眼的な視点や想像力を若い人が養うために必要なことについてお話しします。人間の資質には、先天的な資質と後天的な資質があります。私は、頭が良い人というのは先天的な資質だと思います。しかし、勘というのは後天的なものです。これは、やはり勝負の場を踏んで、それで得るものだと思います。だからこそ、私が若い頃はそうしてもらったように、若手を使ってくれと言いたい。失敗したとしても、敗者復活してでも、やはり若手に場数を踏ませてあげてほしいと思います。一方、我々の人生は短く、知ることのできる世界も少ない。また、異分子との接触もなかなか難しい。そういう状況において、他人が得たものを得るためにも読書もまた必要です。7.本を書く際の問題意識次に、私が本を書く際の問題意識についてお話しします。私は哲学科で何を学んだかというと、哲学は男の仕 ファイナンス 2020 Mar.57職員トップセミナー 連載セミナー

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