ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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とお願いされたのです。私は、本を書きますが、書くことはビジネスです。そしてビジネスには、絶対譲ってはいけないときがあると思います。「民主」や「文明」という言葉は日本人がつくった漢字なのです。それを中国が使っているのです。私がそのときに「文明」は意味が違う、とんでもないと断りました。だから、これでだめならば、『ギリシア人の物語』全三巻の中国での出版は諦めますと言いました。そうしたら、そのまま出版されたのです。今の中国で、「民主」と書いた本が初めて出たのです。そこで、私は改めてその「民主」や「文明」という問題を考えました。アテネが文化、文明を生んだのは明快なる歴史的事実です。ところが、ローマは、少数指導制であり、アテネのような民主制はありません。つまり、選挙を経ていない、選挙で失敗することがない人たちが集まって、国の方針を決めて、そして、その賛否を市民集会に問うのです。これを少数指導制又は貴族制と言います。では、ルネサンス文化、文明をつくったフィレンツェはどうでしょうか。マキアヴェッリがいた共和制時代のフィレンツェです。メディチ家が一応陰のトップでしたが、形は共和制でした。そして、ヴェネツィアが全くメディチ家なしの共和制。とはいえ、少数指導制でした。それで私はこう考えました。民主制というのは、ペリクレスみたいな優れた人がいないとうまく機能しない。ペリクレスというのは、今の日本で言えば、開票直後に「当確」が出るようなことを30年間も続けた男です。そして、民主制が機能しなくなった後のアテネは、一昔前だと衆愚制、このごろはポピュリズムなどと言っていますが、そういう状況になっていくのです。ところで、現在のイタリアはポピュリズム政権です。ここで、どういう弊害が起こるのでしょうか。まずは、政策が実現できないという点です。大衆迎合といっても、大衆の思いを実現するための財源がイタリアにはないのです。財源がない中で、大衆迎合の政治をしようとすると、結局は何もできない。全体の満足を得るためにやろうとするが、一人も満足しない。そして、左からのポピュリズムに対して、右からのポピュリズムもあり、その不安がさらにあおられるのです。ポピュリズムの弊害はもう一つあります。一番いけないのは、我慢がなくなることなのです。つまり、すぐかっとなる。政治指導者の役割の一つは、「今は大変だけど、これをやると、いずれこうなる」という将来の見通しを与えることです。こういった人がいないのです。そして、ちょっとした不都合やスキャンダルで方針がいっぺんに変わります。このように、財源がないから政策ができないのに加えて、ころころと方針が変わるから政策が実施できないというのが、今のイタリアの政情です。5.日本の役所の弱さ、脆さでは、今の日本の役所の弱さ、脆さといったことについて考えてみます。新しい文化、文明は必ず異分子と接触するところから生まれます。だから、異邦人がいないような役所の純粋培養ぐらい怖いことはないのです。また、想像力を備えるという点も大事です。このごろは漫画がメジャーな文化になってきているようですが、私は今まで漫画を徹底的に拒絶してきました。漫画や映像というのは、情報を非常に簡略化しなければなりません。一方、歴史は細部を書かないといけないので、漫画や映像に向いていません。可視が可能なことは映像化できますが、頭の中は映像化できません。ですから、例えば、戦争の戦闘の場面をとっても、カエサルがどう考えていたかは漫画や映像では分からないという問題があります。そういった想像力を養うという視点が日本には足りないと思うのです。6.名将の資質(1)臨機応変さもしかしたら官僚の皆さんにもつながる話かもしれませんので、少し派生的なことをお話しします。名将と凡将の違いは明確です。彼らが動かしている56 ファイナンス 2020 Mar.連載セミナー

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