ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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財務総合政策研究所Ministry of Finance, Policy Research Institute1.はじめにはじめまして。私がルネサンスに関する本を書き始めたころの最初の読者層は、官僚たちでした。1970年代から80年代には、次官や局長などに呼ばれたりして、かわいがってもらっていました。しかし、あのころの若手官僚は生意気で、私に「次官や局長ではなく、僕たちと会わなければダメですよ。」と言うので、それからしばらく、若手の課長や課長補佐あたりと毎年帰国したときに会うようになりました。その後、読者層が経済界に広がりました。ちょうどルネサンス以来の代表的な都市であるフィレンツェを書いた『わが友マキアヴェッリ』やヴェネツィアを書いた『海の都の物語』が出版された頃です。さらに、その後には、政治家の方にも私の本を読んでいただくようになっていきました。先般、財務省の不祥事の話がマスコミに出たとき、私はあることを思い出しました。私がまだ若かったころ、付き合った官僚たちにはスキャンダルが非常に少なかったのです。それで私は、なぜ少ないのかと聞いたところ、ある方の話では「仕事が面白くて、そんなことをやっている暇はない。」ということでした。ということは、もしかしたら、今財務省に勤めている方々は、仕事が面白くなくなってきているのではないかなという気がします。本日は、あなた方の仕事が本当はいかに面白いかということをお話ししようと思います。2.エリートについて(1)エリートという言葉まず、エリートについてです。日本ではずっと、エリートという言葉は禁句とされていますけど、私は堂々と、エリートという言葉を使います。私は、お金持ちとか高い地位ではなく、人よりも優れた能力を持って、それを発揮できる地位にいる幸せな人がエリートだと思うのです。だからこそ、エリートは、他の人がやれないような勉強や苦労をするものだし、それが本来のストア哲学なのです。ストイックというのは、本当はそういう意味なのです。(2)仕事と余暇の使い分け古代アレクサンダー時代に、ストア派とエピキュリアン派と言われる哲学が生まれました。ストア派は、恵まれた環境、すなわち資質を活用できる状況に恵まれたからこそ、恵まれていない人たちのために力を尽くすべきとする思想です。また、エピキュリアン派というのは、個人の好みとか、趣向とか、幸せを追求する思想です。古代ローマの皇帝たちの中でも、ユリウス・カエサルは、自分の仕事に関しては、ものすごくストイックです。しかし、仕事から離れるとエピキュリアンになって、クレオパトラあたりと寝てしまう。ローマ人は、仕事と余暇を分けて、仕事はネゴティム、余暇はオフティムと呼んでいました。ただし、人によって、その二分化の程度は違います。例えば、五賢帝の一人にハドリアヌスという非常に優れた皇帝がいます。彼は、広大なローマ帝国の辺境令和元年11月11日(月)開催職員 トップセミナー塩野 七生 氏(作家)「地中海文明から見た 令和の日本」演題講師54 ファイナンス 2020 Mar.連載セミナー

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