ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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評者渡部 晶佐藤 洋平 監修/古川 猛 編著日本が誇る 世界かんがい施設遺産東方通信社 2019年11月 定価 本体1,760円+税「世界かんがい施設遺産」(World Heritage Irrigation Structures)は、世界遺産のかんがい施設版で、1950年に設立された国際機関である国際かんがい排水委員会(ICID、International Commission on Irrigation and Drainage)が、2014年から登録制度をはじめたものだ。2019年9月現在、世界各地に91施設があり、そのうち39施設が日本に立地している。中国が19、スリランカが6と続く。かんがいの歴史やその発展を明らかにし、理解醸成をはかるとともに、かんがい施設の適切な保全に役立てることを目的としている。建設から100年以上経過していること、現在もシッカリと維持管理されていること、技術面でも高いレベルにあることなどが登録の条件となっている。本書は、日本全国39の世界かんがい施設遺産を紹介し、それぞれの歴史や仕組み、かんがいデータ(総延長・面積・農家数・生産品目・生産高・水利権など)のほか、かんがいのある美しい風景や関連する産業、産品、周辺スポットガイドなども紹介する。監修は長年農業土木やかんがい技術の研究に携わる佐藤洋平・東京大学名誉教授が行う。佐藤名誉教授は、国際かんがい排水委員会日本国内委員長を務める。評者の実家の裏にも、愛谷江筋という、江戸時代に磐城平藩主内藤公の命により三森治右衛門が開削した、夏井川を水源とする約18キロメートルの農業用水路がある。小学生低学年のときに、三森治右衛門がまつられている水守神社を見学した思い出がある。佐藤名誉教授が「はじめに」で指摘するように、「それぞれの地域が抱える絶望的なまでの地理的条件・社会的課題に立ち向かって」おり、「先人の英知や覚悟、志に胸が熱くなる」ものだ。本書で紹介されている39のかんがい施設は、青森から熊本までに分布している。例えば、福岡県朝倉市にある、山田堰・堀川用水・水車群である。「『筑後次郎』と呼ばれる暴れ川・筑後川の水圧に耐える強固な堰と今も水力のみで水を揚げる『朝倉三連水車』の歴史的風景が魅力」とされる。山田堰の「技術は海外でも活用されており、NGO団体『ペシャワール会』は、アフガニスタン東部のクナール川に山田堰をモデルとした石堰を築造し、2010年(平成22年)にマルワリード用水路25.5キロメートルを開通させ、3000ヘクタールもの原野を農地に変えた。15万人の農民が帰農するまでに復興した。2019年(令和元年)現在、クナール河に9カ所の取水堰が築造され、1万6000ヘクタールの農地がよみがえり、60万人が帰農している。国境を越えてアフガニスタンの人々を救った朝倉の先人たちの知恵。これからも世界中で活用されることだろう」とある。昨年末、殺害された中村哲氏の遺徳をあらためて偲ぶことになる、世界に誇る重要なかんがい施設だ。福島県中部には、安積疏水がある。「大久保利通が夢見た、奥羽山脈にトンネルを掘り抜く国家的大事業 猪苗代湖の水を安積原野に通す『一本の水路』が郡山を生んだ」とされる。この事業のために、九州久留米藩など全国9藩から2000名地近くが移住した。久留米市・鳥取市と郡山市が姉妹都市交流をしているゆえんである。牧元幸司・農林水産省農村振興局長による「あとがき」では、日本では土地改良法に基づく「土地改良区」がかんがい施設の利活用や維持管理を担っているが、世界的には、国営事業として維持管理されていることが多く、日本のような農家が主体的に事に当たるというスタイルはかなり独特であるという。日本の農業が高齢化・米作の停滞などの大きな課題を抱えている中で、水田・米作と密接な関係を持つかんがい施設を今後どうしていくか、農家だけでなく、それぞれの地域・地域が真剣に考えるべき課題だと感じた。 ファイナンス 2020 Mar.43ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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