ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
46/84

評者小川 鉄平真山 仁 著オペレーションZ新潮社 2020年3月 定価 本体950円+税― 一般会計の歳出を半分にする。君らの手でやり遂げてほしい。目の前にいる総理大臣からそう言い渡されたとき、あなたはどう行動するだろう。総理大臣を想起するのが難しければ、自分の直属の上司から、実現可能性を捨て去った理想の塊のようなプロジェクトを命じられた状況を思い浮かべてもらえばいい。使命感を燃やし生活を投げうって取り組むも一興。ある種の蛮行にも見える総理指示に対して(忖度などせず)冷静にお諫めすることもまた、一行政官として責任ある行動かもしれない。正解は無い。無いが、前に進まなくてはならない。わかりやすい正義が無い行政という世界の、しかも財政なんていう最も一般ウケしないであろうテーマを正面から描いた意欲作である。大手保険会社の取り付け騒ぎが発端となり財政破綻の危機が迫る中、副総理・財務・金融大臣の江島が総理に就任し、大規模な歳出削減策「オペレーションZ」を始動させるという物語。財務官僚だけではなく、破綻をきたした地方自治体職員や、社会保障が大幅に削減され苦しむシングルマザーなど、無数の登場人物が抱える物語が大きな渦となって、小説は日本社会が抱える問題の核心に迫る。我が国の一般会計歳出を半分にするという目標は、社会保障費と地方交付税交付金をゼロ近くまで削減しなければ達成できない。あまりに荒唐無稽なお題目であり、読む気をなくした財務省関係者もいるかもしれない。その無理難題に頭を抱えるのは登場人物達も同様。社会保障費を削減することは、「国民全ての安全ネットを奪うことになる」「国民を見殺しにせよと、総理と貴省は仰せなんだ」との厚生労働省年金局長の訴えに共感した読者は多いのでないか。やはり、財政を取り上げることは、難しい。さて、職場が舞台となった本書が省内で話題にならないわけがない。本書は経済小説に見えるため、あの部分は論証が甘いとか、あそこは荒唐無稽だとか、そういう技術的な論評が多かったように思えるが、(こう書くと記者出身の著者には怒られるかもしれないが)本書の本質は記述の厳密性にあるわけではないと思う。投資ファンドを描いた氏の出世作『ハゲタカ』では、土地神話を信じた放漫経営者・銀行家が、不良債権問題に向き合わずに公的資金に頼った無責任さを厳しく糾弾し、原発政策を描いた『コラプティオ』では、喉元過ぎて原発の怖さを忘れ目を背けている日本国民に警鐘を鳴らしている。その時々のホットなテーマに目が行きがちだが、一貫して、誰かが放置した課題に立ち向かう人々の苦闘が描かれている。本書の第五章の表題は「責任ある政治とは、希望が持てる国家を次世代に引き継ぐこと」である。各執務室に掲示されているであろう「財務省の組織理念」のポスターに目をやるとハッとしてしまう表題だが、著者が訴えたいことはまさに、政治や行政は言うまでもなく、今を生きる人間一人一人が、目の前の課題から逃げずに向き合い、胸を張ってこの社会を次世代に引き継げ、ということではないだろうか。実は私、数年前に縁あって著者とご一緒する機会があったのだが、「緻密な取材で情報を集め、必死で考えぬけば、社会問題を解決するヒントになるような作品を書けるのではないか」と仰っていたことを思い出す。著者が自分の姿を投影しているかは定かではないが、作中に登場するSF作家桃地は、本書内で財政再建をテーマにした小説を執筆する。内容は荒唐無稽だが、主人公は「(財政赤字は)大丈夫だとは思っていないが、自分自身の問題だとも思っていない。そういう意味では、桃地の方がはるかに日本の財政と真剣に向き合っている。」と評する。本記事の掲載号発行日の前日からドラマ版の放映が開始されている。だが、事実は小説より奇なり。ドラマに負けずとも劣らない物語が日々財務省で紡がれている。私たちは、現実世界という壮大な舞台の上で、自らに課せられた課題に、自分事として真剣に向き合うことができているだろうか。42 ファイナンス 2020 Mar.ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

元のページ  ../index.html#46

このブックを見る