ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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弱くなることを通じてベーシスがゼロから乖離する可能性が生まれます。先物を含め、国債市場においてはこれまでスクイーズや価格操作について様々な分析がなされてきました。国債市場におけるスクイーズについて特に有名な例は、ソロモン・ブラザーズによる2年国債のスクイーズです*15。服部(2020b)で記載したとおり、ソロモン・ブラザーズは債券のトレーディングに強い投資銀行でしたが、1991年の国債入札において違法な形で大量落札を行いました。その後、ソロモン・ブラザーズは不正を追及されていきますが、Jegadeesh(1993)とJordan and Jordan(1996)など学術研究でもスクイーズがもたらした効果の検証がすすめられています*16。ちなみに、ソロモン・ブラザーズの不正は、プライマリー・ディーラー以外も米国債の入札に参加可能になるなど、国債の入札制度に多大な影響をもたらしました*17。先物市場におけるスクイーズの研究はKyle(1984)による理論的な研究以降、その理論の拡張(Cooper and Donaldson 1998など)に加え、様々な実証研究が進められています。国債先物を取り上げた研究としては、ドイツ国債先物について分析を行ったJärvinen and Käppi(2004)やロンドン国際金融先物取引所(London International Financial Futures and Options Exchange, LIFFE)の事例を取り扱ったMerrick et al.(2005)などが挙げられますが、実際にスクイーズが一定期間存在していたことを指摘する研究は少なくありません。米国の先物市場を規制する米商品先物取引委員会(Commodity Future Trading Commission, CFTC)がスクイーズを指摘したケースもあります*18。日本の国債市場でもスクイーズが指摘されたケースはあります。例えば、宮野谷等(1999)では過去にスクイーズが起きた典型的な事例として、1996年9月限の長期国債先物の決済に向けた動きを指摘しています。もっとも、日本国債市場ではスクイーズを防ぐための施策はとられています。例えば、財務省はリ*15) ソロモン・ブラザーズによるスクイーズの詳細はローウェンスタイン(2001)などを参照してください。*16) Jegadeesh(1993)はソロモン・ブラザーズが買い占めた2年債が発行後4週間にわたり割高になったことを指摘しています。Jordan and Jordan(1996)ではソロモン・ブラザーズのスクイーズにより約6週間にわたり2年債のオーバー・プライスが続いたとしています。*17) 詳細は上田(2010)を参照してください。*18) CFTC(1996, 2009)などを参照してください。*19) 補完供給オペについては服部(2020b)のBOX 4を参照してください。オープンの充実に加え、流動性供給入札により希少な国債を追加的に供給する仕組みを強化しています。また、日銀は補完供給オペ*19の強化や国債買入の対象から7年ゾーンを外すなどスクイーズを防ぐための努力をしています。ちなみに、Hattori(2019a)では流動性供給入札が流動性の改善に寄与したことを指摘しています。4日本国債市場における金融危機の経験:チーペストの特異な動き金融危機時は金融市場において最も裁定が働きにくい市場環境といえます。国債市場において裁定を行う主体は金融機関などの機関投資家ですが、金融危機時は資産価格の低下などを背景に、裁定取引のための資本が枯渇し、裁定行動が阻害されます。そのため、金融危機は先物と先渡の裁定が働きにくくなる典型的な事例といえます。特に我が国では、金融危機時は7年ゾーンにプレミアムが付される局面が続き、当時の市場参加者の間で話題になりました。図1はリーマン・ブラザーズ倒産直後の日本国債のイールドカーブを示しています。筆者は、Hattori(2019b)において、この特異なチーペストの動きについて違う角度から分析を行っています。2008年当時は大手金融機関の倒産が懸念されるほか、日本国債市場は他国に比べて決済の期間が長かったこともあり(当時はT+3)、国債市場におい図1 リーマン・ブラザーズ破綻直後の日本国債のイールドカーブ0.51.51.41.31.21.110.90.80.70.612345678910(%)(注)モデルで推定された金利はSvensson (1995)による方法で算出しています。イールドカーブの推定(補間)については、三宅・服部(2016)を参照してください。実際の利回りモデルで推定された金利40 ファイナンス 2020 Mar.SPOT

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