ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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1はじめに*1服部(2020a,b)では日本国債先物に焦点を当てて先物の仕組みを確認したあと、国債市場における現物と先物の裁定(アービトラージ)について説明を行いました。本稿では(現物から算出された)先渡と先物の価格差(ベーシス)が発生する要因について様々な角度から議論していきます。まず本稿が取り上げる点は、仮に完全に裁定が働いていたとしても、先渡と先物の価格に一定の乖離が生じる可能性がある点です。本稿では証拠金の受渡が与えるプライシングへの影響とベーシス取引が持つオプションのプレミアムについて取り上げます。これらはタックマン(2012)やハル(2016)など中級レベル以上のファイナンスのテキストにおいて議論される論点であるため、そのメカニズムについて可能な限り直感的な説明を行います。一方、現実の市場では必ずしも先渡と先物の間に十分な裁定が働くとは限りません。本稿ではその典型例として特定の投資家によりチーペストが買い占められることで先物とチーペストの裁定がなされない可能性(いわゆるスクイーズ)を考えます。日銀は公開市場操作(オペレーション)において、スクイーズを避けるため国債の受渡に使われる7年ゾーンの国債の購入を避けるなど、この論点は実際の政策にも影響を与えています。本稿では最後に金融危機時に日本国債市場でみられた特異なチーペストの動きについても紹介します。*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。財務省や日本取引所グループ等、本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。*2) 例えば、ハル(2016)では5章、タックマン(2012)では17章で取り上げられます。また、先物と先渡価格の理論的な関係について分析をした重要な論文としてCox et al.(1981)が挙げられます。*3) 筆者の理解では期間の短い国債の先渡取引については証拠金の受渡をしないことが一般的です。*4) もちろん、正の相関関係がある場合、先物のほうが高くプライシングされますが、金利と先物価格の場合、負の相関が自然な想定といえます。また、短期金利が一定(非確率的)であると想定すれば(短期金利と先物の間に相関はなくなるので)、証拠金のみが先物と先渡の価格差を生むケースにおいて両者の価格は一致します。ファイナンスのテキストでは株式の先物などデリバリー・オプションを有しないものが想定されることが多く、短期金利が非確率的である場合、先物と先渡価格が一致すると説明されることも少なくありません。2無裁定の下でネット・ベーシスをゼロから乖離させる要因2.1. 先物取引における証拠金の受渡がプライシングへ与える影響先物と先渡価格の乖離についてファイナンスのテキストでまず取り上げられる点は短期金利と先物価格の相関関係に焦点を当てた議論です*2。先物と先渡は予約という観点では同質ですが、先物取引には証拠金の受渡がある一方、先渡取引では必ずしも証拠金の受渡があるとは限りません(先渡取引における証拠金の受渡についてはBOXで解説を行います)*3。そのため、先物の価格が低下した際、短期金利が上昇するなど、両者の間に負の相関がある場合、先物価格は先渡価格に対し、理論的には低くプライシングされます*4。例えば、自分がロングしていた先物の価格が低下したとしましょう。この場合、価格の低下により損失が発生し、追加的な証拠金が求められますから、この証拠金を差し出すため資金調達をしてくる必要があります。ただし、先物価格と短期金利の間に負の相関を想定しているため、先物の価格が低下した場合、短期金利は上昇しており、調達コストが増加していることになります。一方、先物価格が上昇した場合、逆のメカニズムで手元のキャッシュが増えますが、短期運用を行う際、金利低下により運用利回りが落ちています。いずれにせよ、先物取引は先渡取引に比べ、証拠金の受渡により不利な状況が生まれるわけですから、短期金利と先物価格に負の相関を想定した場合、先渡に対し日本国債先物入門―先渡と先物価格の乖離を生む要因―財務総合政策研究所 研究員 服部 孝洋*1 ファイナンス 2020 Mar.37SPOT

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