ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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しており、両機関の間での連携もほぼ行われていなかった。そのため、企業は保険料の前提となる従業員の賃金を、最低基準や独自の計算によって算出し、本来納付すべきよりも少ない社会保険料を納付することを容易に行うことができた*16。しかし、2019年1月からは、社会保険料と税金の徴収を税務局で一本化し、納税のために申告された給与情報に基づいて、適正な保険料を納付しているかチェックする体制になったことから、適正な基準による保険料納付率が改善することが期待される。また、他方で、前述のとおり2019年5月には企業が負担する保険料率の引き下げが行われており、政府としては保険料の企業負担は抑えながら適正な基準での徴収を拡大することで結果的に保険料収入を適正な水準に引き上げようという意図を推し量ることができる。このように、中国の公的年金制度は、制度運営単位が統一されておらず地域間で不公平が生じていること、そもそも現行制度移行時点から年金基金の財源が不足していること、高齢化に伴い保険金給付者に対する保険料納付者の割合が減少していること等が根本的な原因となり、様々な課題が発生している。制度・財政面での解決が必要とされているが、道半ばの状況であり、特に、第1次ベビーブーム世代が退職年齢を迎える2020年以降は、年金制度改革に関する動向にいっそう注目が集まることになろう。5おわりに財務総研ではDRCの他にも中国の複数の研究機関と研究交流を行っているが、近年は他の研究機関との間においても高齢化や年金制度を議題として取り上げることが多くなっており、これらの課題に対する中国全体の問題意識が非常に高まっていることが窺える。本稿でも確認した通り中国の年金制度は未成熟であり、政府は制度の整備を急務として捉え、力を入れて取り組んでいる状況である。このような状況にある中国にとって、先進国の中でもいち早く高齢化対策や年金制度改革に関して様々な策を講じてきた日本の経験は非常に学ぶべきところが多いと感じているようである。*16) 社会保険料算出の基準となる従業員の賃金は、前年の当該地域・省の在職職員平均給与を基に、上限(300%)・下限(60%)として計算(地域、種別によって下限の設定が異なる場合もある)。一方、中国は近年イノベーションの進展が目覚ましく、我々が中国を訪問した際にも実際にキャッシュレス・ペイの浸透や、視察先企業におけるIT技術やAIを活用した生産性向上への取組みや革新的サービスの導入などからその片鱗を感じ取ることができた。今後、日中両国とも高齢化が進む中で更なる経済成長を模索するにあたって、中国のこのような先進的なイノベーションの潮流から日本が学べること、また、学ぶべきことは多々あるだろう。財務総研では、この先も、覚書の期間を約2年残すDRCとの共同研究や、中国のその他の研究機関との交流を通じて、お互いの国の経済や財政の状況についての理解を深めるのみならず、相互の国の発展に資する知識や研究成果の共有を図るべく、意義のある国際交流活動を続けて行きたい。(以 上)参考文献片山ゆき(2017)「中国の年金制度について(2017)」(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート)片山ゆき(2018)「中国の年金制度」(年金シニアプラン総合研究機構 年金と経済(2018.07)Vol.37 No.2)片山ゆき(2019)「中国の「2025年問題」」(ニッセイ基礎研究所 保険・年金フォーカス)片山ゆき(2019)「きちんと社会保険料を納めている企業は3割?(中国)」(ニッセイ基礎研究所 基礎研レター)何立新(2008)「中国の公的年金制度改革」(東京大学出版会)柯隆(2014)「中国の社会保障制度と格差に関する考察」(財務総合政策研究所 フィナンシャル・レビュー 第119号)自治体国際化協会(CLAIR)(2003)「中国の年金制度改革」(CLAIR REPORT 第249号)自治体国際化協会(CLAIR)(2008)「中国の社会保障制度」(CLAIR REPORT 第320号)新華網日本語版(2018)「養老保険基金中央調整制度の構築を決定 中国国務院」(2018年6月13日)中国研究所(2018)「中国年鑑2018」(明石書店)中国国家統計局(2018)「中国統計年鑑2018」中国国家統計局(2019)「中国統計年鑑2019」中国社会科学院(2019)「中国養老金精算報告2019-2050」矢作大祐(2013)「中国の年金制度・資産の現状と課題」(大和総研 金融資本市場分析)労働政策研究・研修機構(2018)「企業従業員年金制度の統一に向けた取り組み」(2018年12月 海外労働情報)36 ファイナンス 2020 Mar.中国国務院発展研究センターとの共同研究及び中国年金制度の抱える課題SPOT

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