ファイナンス 2020年3月号 Vol.55 No.12
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時点の老人の1階部分の基本年金の給付に転用されることによって生じた問題である。先にも述べたが、個人勘定の積立金は受給開始前に引き出すことはできないため、本来であればこのような状況が起こることは考えにくい。しかし、制度転換に伴い、基本年金の財源を負担する適切な主体を確認しなかった上、基本年金と個人勘定が一括管理されていた状況だったことが原因であると考えられる。(3)低い年金扶養率と国庫負担への大きな依存特に都市職工基本年金保険においては、保険金給付対象者数(退職者)に対する保険料納付者数(働いている人)の比率(年金扶養率*13)は年々減少傾向にあり、2000年末時点で3.30人であったが、2017年末時点では2.65人にまで減少した*14。今後、高齢化に伴って年金扶養率は更に減少するとみられており、2050年には1.22人になると推計されている*15。こういった状況のもと、年金財政も逼迫していくことが見込まれ、中国社会科学院が2019年4月に発表した「中国養老金精算報告2019-2050」では、都市職工基本養老保険の単年度収支は2028年にはマイナスに転じ、その結果、積立金残高は2035年には0になると報告されている。更に、共同研究における過去のコンファレンスでは、中国側から、現在の年金財政の単年度収支の黒字は、国庫負担によるもので、国庫負担を除いて純粋に保険料収入だけでみると本来は給付額が徴収額を上回り、赤字となっているという見解もあった。この問題の根底には、働くことができるにもかかわらず働かずに年金を受給している層の存在がある。都市職工基本養老保険の制度上の受給開始年齢は、前述のとおり男性が満60歳以上、女性は幹部が満55歳以上、一般就業者が満50歳以上であり、また、実際の退職者の平均年齢は58歳となっている。65歳以上での就労希望者は一定程度いるというデータもあり、働く意思がある年金受給層が多数ではないが存在することを示している。少子高齢化で生産年齢人口が更に減少していくと予想される中、長期的な方策である出生*13) 保険金給付対象者1人当たり、何人の保険料納付者数がいるかを示す指標。*14) 中国国家統計局ウェブサイトの情報に基づき筆者算出(中国国家統計局(2018))。*15) 中国社会科学院(2019)率上昇への対応のみならず、日本のような60歳以上の就労促進による保険料納付者の増加、支払い期間の延長なども検討の余地があろう。共同研究における過去のコンファレンスでは、中国側から、年金制度の持続可能性を高めるためには、支給開始年齢の引き上げ、それに伴う退職年齢の引き上げや定年後再雇用制度の設置などが必要だといった意見があった。(4)低い保険料納付率都市職工基本養老保険は、先にも述べた通り、制度上は都市部の企業就労者に対して強制加入となっており、企業は従業員数や賃金に応じた保険料を納付する必要がある。しかし、実際には、「中国企業社会保険白書2018」によると、2018年に正しい基準に基づいて保険料を計算して納付している企業は3割弱しかなく、徴収漏れが深刻な問題となっている。その原因のひとつに、企業が負担する保険料率が高いことがあると考えられる。具体的には、都市従業員基本養老保険の保険料について、本稿執筆時点(2020年2月)では、原則は、企業が賃金総額の16%、従業員が賃金の8%を拠出する仕組みであり、日本のように労使折半ではなく、企業の拠出負担が重くなっている。なお、企業が負担する保険料率は2016年5月にそれまでの原則20%から19%までの引き下げが可能となり、2019年5月には、現行の16%まで引き下げられるといった取り組みが行われているものの、企業にとっては年金以外の社会保検料もあり引き続き重い負担であるようだ。実際に、DRCとの共同研究において2018年9月に中国の江西省を視察した際、現地の民間企業担当者らに意見を聴取したところ、労働力を増やすために従業員を追加で雇うと年金を含む社会保険料の支出も増加するため、収益が圧迫されてしまうといった不満も挙がっていた。また、これまで正しい基準で保険料を納付しない企業が多く存在してきた背景には、高い保険料負担に加えて、過去の徴収方法にも要因があった。以前は、社会保険料は社会保険局が、税金は税務局が別々に徴収 ファイナンス 2020 Mar.35中国国務院発展研究センターとの共同研究及び中国年金制度の抱える課題SPOT

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