4.おわりに本稿では、国債の現物と先物の裁定に焦点を当てて、日本国債先物について考えてきました。筆者の実感では、7年国債がチーペストになる理由やIRRの解釈などは日本国債先物に初めて触れた者にとって理解しづらい論点です。本稿ではそのメカニズムについて計算例等を用いながら比較的丁寧に解説を行いました。先月に掲載した論文(服部 2020)と本稿により日本国債先物について把握すべき基本的な論点は概ねカバーできたと感じています。もっとも、日本国債先物において本稿が取り上げていない論点も少なくありません。例えば、タックマン(2012)やハル(2016)などファイナンスのテキストでは仮に裁定が十分に働いていたとしてもネット・ベーシスがゼロから乖離するメカニズムについて議論を行っています。具体的には、先物取引における証拠金の受渡がプライシングへ与える影響やデリバリー・オプションのプレミアムにより、ネット・ベーシスがゼロから乖離する可能性を有しています。また、特定の銘柄を買い占めることから発生する問題(いわゆるスクイーズ)や金融危機の影響など、現実の市場において裁定が働きにくくなる状況を考えることも非常に重要です。次回はこれらの論点について深堀することを予定しています。参考文献[1].衣笠慧・長野哲平(2017)「SCレポ市場からみた国債の希少性」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.17-J-5.[2].池尾和人(2010)「現代の金融入門」ちくま新書[3].稲村保成・馬場直彦(2002)「わが国のレポ市場について-理論的整理と実証分析-」金融市場局ワーキングペーパーシリーズ 2002-J-1.[4].太田智之(2016)「債券運用と投資戦略【第4版】」きんざい[5].菅野浩之・加藤毅(2001)「現先取引の整備・拡充に向けた動きについて」日本銀 行マーケット・レビュー、2001-J-9.[6].久保田博幸(2012)「日本国債先物入門」パンローリング[7].黒木亮(2008)「巨大投資銀行」角川文庫[8].源間康史・稲村保成(2019)「国債市場における銘柄間の相対価格差について」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.19-J-8.[9].笹本佳南・中村篤志・藤井崇史・仙波尭・鈴木一也・篠崎公昭(2020)「わが国レポ市場の透明性向上のための新たな取り組み―「FSBレポ統計の日本分集計結果」の公表開始―」日銀レビュー 2020-J-1.[10].重見庸典・加藤壮太郎・副島豊・清水季子(2000)「先物価格とレポレート、銘柄毎の需給によって国債価格は決まる―1999年中の国債市場の動きを理解するために」日本銀行金融市場局『マーケット・レビュー』[11].白川方明(2008)「現代の金融政策―理論と実際」日本経済新聞出版社[12].ニコラス・ダンバー(2001)「LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折」東洋経済新報社[13].東短リサーチ株式会社(2019)「東京マネー・マーケット 第8版」有斐閣選書[14].ブルース・タックマン(2012)「債券分析の理論と実践(改訂版)」東洋経済新報社[15].服部孝洋(2019)「イールドカーブ(金利の期間構造)の決定要因について―日本国債を中心とした学術論文のサーベイ―」ファイナンス10月号、41–52.[16].服部孝洋(2020)「日本国債先物入門:基礎編」ファイナンス1月号、60–74.[17].藤本文・加藤達也・塩沢裕之(2019)「国債決済期間短縮(T+1)化後の市場取引動向―レポ市場を中心に―」BOJ Reports & Research Paper.[18].前田秀紀(1998)「日本版債券レポ市場の現状と課題」郵政研究所月報[19].村上秀記(2015)「金融実務講座 マルチンゲールアプローチ入門:デリバティブ価格理論の基礎とその実際」近代科学社[20].レポトレーディングリサーチ(2001)「最新 レポ取引のすべて―入門実践金融」日本実業出版社[21].ロジャー・ローウェンスタイン(2001)「天才たちの誤算―ドキュメントLTCM破綻」日本経済新聞社[22].ジョン・ハル(2016)「フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕―デリバティブ取引とリスク管理の総体系」きんざい[23].Burghardt, G., Belton, T. 2005. The Treasury Bond Basis:An in-Depth Analysis for Hedgers, Speculators, and Arbitrageurs. McGraw-Hill Library of Investment and Finance.[24]. Choudhry, M. 2005. The Futures Bond Basis Second Edition. Wiley.[25]. Hattori, T. 2019a. Estimation of CCP Premium During the Financial Crisis of 2008:Evidence from Japanese Government Bond Market. Working Paper.[26]. Hattori, T. 2019b. Noise as a Liquidity Measure in the Japanese Market:Evidence from Quantitative and Qualitative Easing by the Bank of Japan. Working Paper.[27]. Jermann, U. 2019. Negative Swap Spreads and Limited Arbitrage. Review of Financial Studies, forthcoming.80 ファイナンス 2020 Feb.シリーズ 日本経済を考える 97連載日本経済を 考える
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