す。前節では、ネット・ベーシスが小さくなる銘柄がチーペストになることを指摘しましたが、この図が示しているとおり、7年に一番近い銘柄(10年利付国債(第345回))のネット・ベーシスが最も小さい値をとっており、チーペストになることが分かります(図4では年限が短い銘柄ほどCFが大きくなることも確認できます)。これは最近の1日の例を示しただけですが、別の日で計算しても日本国債市場ではこれまで7年国債がチーペストになる傾向があります。図4をみるとチーペストである345回債のIRRは-0.206%になります。前述のとおり、このことは仮にネット・ベーシスがゼロであれば345回債の(受渡日までの)SCレポレートは-0.206%になることを意味しています。この日のGCレポレートは1か月物が-0.080%、3か月物が-0.123%です。ここでは具体的なSCレートを用いていませんが、実際には345回債について短期のSCレポレートを短資会社などにヒアリングすることができますし、日銀の補完供給オペを通じて345回債を借り入れた場合のコストとも比較できます(補完供給オペについてはBOX 4を参照してください)*36。これらのレートを考慮しこのIRRがもっともな値をとっていると判断できれば現物と先物の間には十分な裁定がなされていると解釈できます。一方、例えば様々な要因を総合的に勘案した結果、現物の受渡日までのSCレポレートとして、-0.1%が妥当な水準であると考えたとしましょう。この場合、IRRが-0.206%である状況は現物と先物の間に裁定が十分働いていないと解釈することもできます。仮に*36) 衣笠・長野(2017)はSCレポレートのデータを用いた検証を行っています。*37) 逆にSCレポレートが-0.206%より低い値(例えば-0.3%)をとると、ネット・ベーシスはマイナスの値をとります。*38) BBの引け値を使う場合、長期国債の引け値だと最低の刻みは5糸なっており、引け目の刻みが粗いことが実態からの乖離を生み、ネット・ベーシスをゼロから乖離させている可能性があります。実際のSCレポレートが-0.1%であるとすれば、ネット・ベーシスがプラスの値をとるので(この場合のネット・ベーシスは0.015)*37、ショート・ベーシスのポジションをとることで裁定取引を行うことができます。図4においてチーペストである345回債以外のIRRは非現実的な値をとっていますが、このことは345回債以外の銘柄と先物との間に裁定が働いていない(投資家は7年国債以外の銘柄と先物の間で裁定取引を行っていない)と解釈することができます。この観点からも、345回債がチーペストであることが確認できます。なお、ここでは少し実務家の観点にたってIRRの例を考えてみましたが、具体的な分析については日銀や金融機関などが実務的な立場からIRRを用いて分析した論文・レポート等が参考になります。たとえば、重見等(2000)では、1999年に生じた現物と先物の裁定関係の悪化についてIRRを用いた分析を行っています。また、ネット・ベーシスやIRRを計算する際、日本相互証券(Broker's Broker, BB)の引け値や売買参考統計値は15時時点での気配値をベースとしていることから、実際に売買される水準とずれる可能性がある点には注意が必要です*38。例えば、BBの板には、チーペストが売買されたタイミングで先物の価格が刻まれるため、実際に売買がなされたチーペストの価格と先物の価格を用いてIRRを計算し、現物と先物の裁定関係を評価するなどの工夫をすることも少なくありません。図4 受渡適格銘柄と各種指標受渡適格銘柄価格年限CFグロス・ベーシスネット・ベーシスIRR(%)10年利付国債(第345回)102.6917.140.6667650.0430.012-0.20610年利付国債(第346回)102.7867.390.6572261.6061.575-11.30810年利付国債(第347回)102.8837.640.647833.1503.119-22.24310年利付国債(第348回)102.9397.890.6385694.6314.600-32.74310年利付国債(第349回)102.9488.140.6294476.0456.014-42.75110年利付国債(第350回)102.9078.390.6204557.3887.357-52.30610年利付国債(第351回)102.8618.640.6115998.7058.674-61.66310年利付国債(第352回)102.8068.900.6028699.9949.963-70.86210年利付国債(第353回)102.7439.150.59427111.25511.224-79.84310年利付国債(第354回)102.6719.390.58579512.48812.457-88.68310年利付国債(第355回)102.5939.640.57744713.69513.664-97.316注:Bloombergより算出。債券の価格データはBBの引け値を使用。時点は2019/10/31。先物価格は153.95円。ネット・ベーシスを算出するうえで3か月物の東京レポ・レートを使用。78 ファイナンス 2020 Feb.連載日本経済を 考える
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