ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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い、それを在庫として保有しておき、1週間後に顧客へ当該銘柄を受け渡せば、このような注文に対応することができます。その際、この「保有のためのコスト」を国債の購入価格に加算した価格を提示すれば、トレーダーとしては損することなく顧客の注文に対応できます。先渡価格を以上のような形でプライシングするモデルを「保有コストモデル(Cost of Carry Model)」といいますが、ここでは少しフォーマルに記載してみましょう。N日後の先渡価格をプライシングすることを考えます。先ほどと同様、現在、現物国債を購入し、これをN日間在庫として保有する必要がありますが、国債を購入するためにはその資金を調達する必要があるため、その調達コスト(レポ・コスト)を支払う必要があります。その一方、国債を保有することに伴い、利子収入が得られるため、その部分はコストから控除することが可能になります。それゆえ、先渡価格は下記のように定義されます。先渡価格=現物価格+(レポ・コスト-利子収入)本文でも説明しましたが、「利子収入-レポ・コスト」を「キャリー」というため、先渡価格は「現物価格-キャリー」という形で算出ができます*16。なお、タックマン(2012)や村上(2015)などファイナンスのテキストでは先渡価格を短期債のショート(発行)と長期債のロングの合成によりプライシングするケースもあります。また、フォワード・レートについては服部(2019)で議論を行っています。BOX 2 相対価値(レラティブ・バリュー)戦略2節では先渡と先物の間に価格差が発生した場合、それが縮小することを利用して収益を上げる手法を紹介しましたが、債券市場における投資家は債券の価格差や金利差(スプレッド)に注目して運用戦略を立てることが少なくありません。この背景には、例えば、7年国債の金利の動きそのものを予想することはできなくても、7年国債と国債先物の価格差であれば予測可能なケースがあるからです。この理由を計量経済学の言葉で表現するならば、先渡と先物の価格差が「平均回帰性」という性質を有するからです。本文で記載したとおり、十分な裁定が働くことで先渡と先物の価格差であるネット・ベーシスは平均的にはゼロ(あるいは小さな値*17)になることが予想されます。もちろん、短期的には投資家による需給要因などによってその価格差が大きく動く可能性はありますが、先渡と先物は同質性が高いため、投資家の裁定行動により、やがて平均的な値(ゼロあるいは小さな値)へ戻っていく動きをすることが予測できます。このように資産間の価格差や金利差(スプレッド)に注目する戦略を一般的に「相対価値(レラティブ・バリュー)戦略」といいますが、これはスプレッドが平均回帰的な性質を有する点を利用した運用戦略と考えられます。本文では、7年国債と国債先物のスプレッドに焦点を当てましたが、国債市場では、他の年限の国債とのスプレッド(例えば10年金利と7年金利のスプレッドなど)、国債金利と金利スワップレートとのスプレッド(アセット・スワップ・スプレッド)*18、さらにはスプレッドのスプレッ*16) 文献によってはこの値を「債券先物の理論価格」と記載することもあります。*17) 本稿では取り上げていませんが、証拠金やデリバリー・オプションによる影響から、仮に完全に裁定が働いていたとしてもネット・ベーシスがゼロから乖離する可能性はありえます。これらの論点は次回の論文で紹介することを予定しています。*18) アセット・スワップ・スプレッドは金融危機以降、スプレッドが負になるなどの現象が起こっている点に注意が必要です。この点は近年、Jermann(2019)など学術研究でも分析がなされています。74 ファイナンス 2020 Feb.連載日本経済を 考える

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