ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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という概念が意味することを考えてみましょう。国債先物の売り手は、残存7~11年の国債(受渡適格銘柄)を受け渡すことができますが、先物の売り手はむろん自分にとって得となる銘柄を受け渡したいと考えます。例えば、先物を売り建てており、最後まで反対売買を行わず、受渡日に国債を受け渡す必要が生じたとしましょう。もし読者が残存7~11年の国債を持っていない場合、証券会社に発注するなどして受け渡しできる国債を調達してこなければなりません。この購入コスト(現物価格)が受渡を行う場合の費用に相当します。一方、受け渡すことで得られる収入はどうでしょうか。受渡価格が「先物価格×CF」で定まることを考えると、「先物価格×CF」が国債を受け渡すことから得られる収入になります。そのため、売り手側は受け渡しが可能である残存7~11年の国債の中で、下記が大きくなる銘柄を渡すインセンティブを有します。先物価格×CF - 現物価格…(*)もし仮に店頭で売買されている残存7~11年の国債価格が似た価格であれば、(先物価格は一つなので)受渡可能な国債の中からCFが大きい銘柄を選択することにより費用に対して収入が大きい銘柄を選ぶことができます。そのため、この場合、CFが大きい銘柄が売り手にとって最も利益の高い銘柄になりますが、ポイントは、CFは6%より金利が低い環境下では(クーポンが同じ水準であれば)年限が短い銘柄ほど*12) インプライド・レポレートを用いてチーペストを計算することもあります。例えば、BloombergのJBA Comdty DLVのデフォルト設定ではインプライド・レポレートが大きい銘柄をチーペストとして計算しています。*13) クーポンやイールドカーブの形状によって、7年国債以外がチーペストになる可能性がある点には注意が必要です。服部(2020)のBOX 3で指摘しているとおり、クーポンが低い場合、その銘柄のCFが下がります。そのため、例えば、7年国債のクーポンが受渡適格銘柄の中で相対的に低く、現物価格の価格が変わらない場合、7年より年限の長い受渡適格銘柄のCFが大きくなることで、7年以外の銘柄がチーペストになる可能性はありえます。*14) ここでは先渡注文を受けた際のプライシングの事例を取り上げているため、国債の流通市場のマーケット・メイクを担っている証券会社のトレーダーを想定した例を取り上げています。証券会社のトレーダーは債券を在庫で持ちながら、顧客にプライスを提示することで流通市場を形成しています。トレーダーでなく、ディーラーという表現が使われることもあります。*15) 通常、日本国債は翌営業日(T+1)に決済を行います。CFが大きくなる傾向がある点です(このメカニズムは服部(2020)のBOX 3を参照してください)。このことに鑑みれば、現物を受け渡す者にとって年限が短い国債を受け渡すメリットが生まれます。ご承知のとおり、日本の金利は6%より低い状況が続いてきたため、受渡適格銘柄のうち短い年限の国債(7年国債)が受け渡し銘柄として用いられる局面が続いてきました。このように先物の売り手にとって最も受け渡しのメリットがある銘柄を、受渡のコストが低いという意味から「最割安銘柄(チーペスト、Cheapest To Deliver)」といいます。この議論は結局のところ、店頭市場で売買される現物価格と先物の受渡価格を比較していることになるので、先ほど定義したグロス・ベーシスやネット・ベーシスがチーペストを考えるうえで役に立ちます。たとえば、残存7~11年の銘柄について、それぞれグロス・ベーシスを計算できますが、グロス・ベーシスの定義は「現物価格-先物価格×CF」ですから、(*)と符号が逆であることに注意すれば、先物の売り手にとってグロス・ベーシスが小さい銘柄を渡すメリットが高いことがわかります。もっとも、実際の裁定取引にあたっては受渡日より前にチーペストを考えるため、グロス・ベーシスではなく、受渡日までのキャリーを調整したネット・ベーシスが小さい銘柄をチーペストとして定義することが一般的です*12。Hattori(2019a)ではこれまで受渡適格銘柄の中で7年国債がチーペストになってきたことを過去のデータから指摘しています*13。チーペストの計算例については次節で取り上げます。BOX 1 先渡(フォワード)価格のプライシング本文で先渡(フォワード)の話をしましたが、先渡価格は基本的に現物価格に金利を調整した価格で決まります。例えば、JGBトレーダー*14の立場にたって、1週間後に受け渡す日本国債を今買いたいという注文を受けたとしましょう*15。この時、トレーダーが顧客に提示する価格が先渡価格に相当しますが、どのようなプライスを提示すればよいでしょうか。例えば、注文が来た時点で国債を購入してしま受渡から得られる収入受渡に係る費用 ファイナンス 2020 Feb.73シリーズ 日本経済を考える 97連載日本経済を 考える

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