ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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99円であれば、先物を売り建てるとともに今のうちに99円で7年国債を購入しておき、1か月後に先物の決済を迎えたタイミングで、7年国債を100円で受け渡せば1円の利益を得ることができます。すなわち、「7年国債の価格」と「先物価格×CF」に大きな乖離が生まれた場合、裁定機会が発生することになります。逆に、この価格差が小さければ裁定が働いている状態と解釈できます。2.2 グロス・ベーシスとネット・ベーシスこのような現物価格と先物の受渡価格(CF×先物価格)の差をグロス・ベーシスといいます*8。グロス・ベーシス=現物価格-先物価格×CFもっとも、これは厳密な意味での裁定取引にはなっておらず、実際、投資家はグロス・ベーシスがゼロになることを目指して裁定を行っているわけではありません。というのも、現時点で7年国債を購入するためには、その購入資金を調達するコスト(レポ・コスト)が発生しますし、国債を1か月在庫として保有することで、その間、利子が得られます(ここでの調達コストがレポ・コストとなる理由は3節で議論を行います)。利子収入からレポ・コストを除いたものを「キャリー」といいますが、調達コスト等も考慮した正確な裁定を考えるには現物価格からキャリーを調整しなければなりません。この部分も考慮した先物と現物の価格差をネット・ベーシスといいます。ネット・ベーシス=(現物価格-(利子収入-レポ・コスト))-先物価格×CFちなみに、BOX 1に記載しているとおり、現物価格にキャリーを調整した価格は先渡(フォワード)価*8) ここではグロス・ベーシスを「現物価格-先物価格×CF」と定義しましたが、現物と先物の価格の乖離という意味では、「先物価格×CF-現物価格」という形で定義しても本質は変わりません。しかし、実際にはグロス・ベーシスを「現物価格-先物価格×CF」と定義することがほとんどです。例えば、多くの書籍(久保田(2012)、太田(2016)、Burghardt and Belton(2005)、Choudhry(2006)など)においてそのように定義されていますし、Bloombergが提供する機能(JBA Comdty DLV)でも同様の定義がなされています。ネット・ベーシスについても同様のことが言えます。*9) 本稿ではタックマン(2002)などに倣い、キャリーを引くことで調整していますが、「レポ・コスト-金利」を「キャリー・コスト」として定義して、現物価格にキャリー・コストを加える形で先渡価格を定義する文献も少なくありません。*10) ロング・ベーシスの場合、「現物ロング+先物ショート」というポジションをとっているので、現物の価格が上昇あるいは先物の価格が低下した場合、収益が得られます。*11) この際、証券会社等が提示するプライスはグロス・ベーシスが用いられます。格に相当するため、事実上、ネット・ベーシスでは先物と先渡の裁定取引を行っていると解釈できます*9。先物取引と先渡取引の主な違いは前者が取引所取引である一方、後者が相対(店頭)取引である点ですが、詳細は服部(2020)を参照してください。ネット・ベーシス=先渡価格-先物価格×CF実務的には、「現物ロング+先物ショート」(「現物ショート+先物ロング」)をロング・ベーシス(ショート・ベーシス)といいます。読者がロング(ショート)・ベーシスというポジションをとった場合、上記で定義したグロス・ベーシスが上昇(低下)すれば収益が得られますから、そのように動くと予測した場合、ロング(ショート)・ベーシスのポジションをとることに合理性が生まれます*10。例えば、グロス・ベーシスおよびネット・ベーシスがゼロからマイナス方向に大きく乖離しており、読者が受渡日までにはゼロに収れんすると考えているとしましょう。この場合、ロング・ベーシスをとることでこの乖離が解消した際、利益を得られることになります。一方、ベーシスがゼロからプラスに乖離していた場合、ショート・ベーシスをとることで裁定取引を行うことができます。このように資産間における価格・金利差に注目した運用戦略を相対価値(レラティブ・バリュー)戦略といいますが、債券市場における運用戦略として幅広く用いられています(詳細はBOX 2を参照してください)。ちなみに、国債の現物と先物は証券会社等に同時に注文できるため、ベーシス取引はパッケージ商品としても取引されています*11。2.3  最割安銘柄(チーペスト)ここまでの話を前提に、国債市場で頻繁に用いられる最割安銘柄(チーペスト、Cheapest To Deliver)国債先物を通じた国債の受渡価格キャリー現物価格-キャリー72 ファイナンス 2020 Feb.連載日本経済を 考える

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