ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html日本国債先物入門―日本国債との裁定(ベーシス取引)とレポ市場について―財務総合政策研究所 研究員服部 孝洋*1シリーズ日本経済を考える971.はじめに裁定(アービトラージ)取引はファイナンス理論において最も重要なアイデアであるといっても過言ではありません。裁定取引とは類似性の高い2つの財の価格に乖離がある場合、相対的に価格が高い商品を売り、価格が低い商品を買うことによって収益化を図る投資行動を指します。投資家による裁定取引は「同質のものは同じ価格が付される」という一物一価の法則を生み出し、多くのファイナンス理論では、このシンプルなロジックに立脚することで驚くほど多くの資産のプライシングを行います*2。本稿では「国債先物」と「国債現物」の間の裁定に注目しますが、先物と現物の裁定取引はベーシス取引(キャッシュ・アンド・キャリー取引)と呼ばれ、国債の投資戦略の中で最もスタンダードなものの一つです。国債市場において先物と現物の裁定が特に重要である理由は、国債先物市場は1日数兆円規模の売買がなされる最も流動性が高い市場であるためです。先物の価格には多くの投資家の意見が反映されるという意味で適切なプライシングがなされており、その情報は残存7年の国債との裁定を通じて、国債市場全体の価格形成に影響を与えます*3。現物と先物の裁定の度合いを把握することは、先物が有する情報がどの程度現*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、財務省、日本取引所グループの関係者等、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。*2) 例えば、為替レートやオプションは一物一価の法則に立脚して価格形成を考えます。一方、行動ファイナンスのように投資家の心理的要因などを重視し裁定行動が限定的にしか働かないと考える分野もあります。*3) 池尾(2010)では「資産価格ができるだけ正確な情報を反映するかたちで適切に形成されることの重要性」を指摘しており、資産市場の「情報発信機能」は、「資産市場のいろいろな機能の中でも最も重要なものであるいうのが、標準的なファイナンス理論の考え方である」(p.136-137)と指摘しています。*4) ダンバー(2001)やローウェンスタイン(2001)などを参照しています。物の価格に反映されているかどうかを確認する上で重要なプロセスといえます。1970年代に固定相場制が崩れる中でリスク管理の必要性が高まり、シカゴを中心に金融先物市場が発展しました。当時、米系投資銀行であるソロモン・ブラザーズが早くから先物と現物の裁定に着手し、ボンドハウスとしての地位を築きます*4。当時のソロモンに所属していたジョン・メリウェザーは国債の現物と先物は同質性が高く、いずれはその乖離が価格の収れんにより解消されると考えました。その後この裁定取引は広がりをみせ、今日では国債市場を理解するうえで必須な知識となっています。本稿では、できる限り日本国債(JGB)の市場参加者の視点に立って先物と現物の関係を考えることで先物の本質に迫ります。国債先物では先物の売り手が残存7~11年の中で割安なものを受け渡すという制度設計がなされていますが、先物と現物の裁定取引の中で、売り手側が残存7年の国債を受け渡すインセンティブが高いことを議論していきます。また、投資家はこの裁定を行う際、国債の貸借を行うレポ市場にアクセスする必要があるため、本稿ではレポ市場との関係も深堀します。なお、本稿では2020年1月号の「ファイナンス」に掲載された「日本国債先物入門:基礎編」(服部, 70 ファイナンス 2020 Feb.連載日本経済を 考える

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