ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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コラム 海外経済の潮流126大臣官房総合政策課 調査統計官 阿部 桂三企業の資金調達コストの低下を目指す 中国人民銀行中国人民銀行(以下、PBC)は、中国の中央銀行である。PBC法第3条によれば、PBCの責務は「通貨価値の安定を維持し、経済成長を促進すること」と定めている。ただし、PBCはあくまで国務院(日本でいう内閣に相当)の指導の下で金融政策を行うことから、日本銀行や米国連邦準備制度理事会のような金融政策の独立性はない。そのPBCは、2020年1月に預金準備率を0.5%引き下げた。今回の引下げは、春節(旧正月)前の資金需要ひっ迫への対処と中小企業の資金調達コストの低下を狙ったものであった。しかしながら、これまでPBCが預金準備率引下げ等の金融緩和を実施したとしても、実際に企業が銀行から借入れる金利は低下せず、企業が金融緩和の恩恵を受けることが難しい状況が続いていた。そこで、高止まりしていた銀行の貸出金利を低下させるべく、PBCは2019年8月に「最優遇貸出金利(Loan Prime Rate以下LPR)」の算出方法を見直すことを公表し、企業の資金調達コストを低下させる取り組みを始めた。本稿では、このLPR見直しの取り組みについて説明する。中国では2015年に金利自由化が行われたものの、銀行の貸出金利が低下せず、高止まりした状態が続いており、企業の資金調達コストの抑制は、中国政府にとっても喫緊の課題になっている。その原因となるのが、「市場金利」と規制金利であった「貸出基準金利」の2つの金利が併存する状態が続いていたことだ。PBCは、今回のLPRの改善の取り組みを公表する前の2013年からLPRを公表してきた。しかし、当時のLPRは、規制金利である「貸出基準金利」をベンチマークとしたこと、そして多くの金融機関がその90%を「暗黙の下限金利」としていたことから、企業に対し貸し出される金利が高止まりする状況が解消*1) 中期貸出ファシリティ(Medium-term Lending Facility)とは、PBCが一定の条件を満たした商業銀行や政策性金融機関に対して3ヶ月から1年物の資金を有担保で貸し出す制度。されていなかった。そこでPBCは市場の役割を強化し貸出金利を低下させるために、LPRの算出方法を変更した。主な留意点は次の4点である。(1)従来は国内大手銀行10行がLPRをPBCに報告していたが、今回の変更から都市商業銀行、農村商業銀行、外国銀行、プライベート銀行のそれぞれ2行ずつが加わり、報告銀行は計18行に拡大。(2)18の銀行が算出する金利は、PBCが公開市場操作として使用する金利(主に1年物の中期貸出ファシリティ金利*1(MLF))にその他コスト(銀行の資金調達コスト、通貨の需給要因、リスクプレミアム等)を上乗せして算出。(3)以前は1年満期のLPRの公表に限られていたが、今回から住宅ローンのような長期貸出にも対応するために、5年以上満期のLPRも公表。(4)以前は毎日公表されていたLPRを、報告の質の向上を図るため月1回の公表に変更。報告された金利は従来通り国家銀行間資金調達センター(National Interbank Funding Center)が平均値を算出し、毎月20日にウェブサイトで公表。以上の取り組みにより、各銀行は「暗黙の下限金利」を設定することが難しくなり、企業に対する貸出金利の低下を促す役割が期待されており、LPRは2019年後半にかけて緩やかに低下している(図表1参照)。PBCが2019年11月に発行した「金融政策執行報告(2019年第3四半期)」によれば、2019年9月における銀行貸出が実施した貸出のうち16.4%がLPR以下の金利を適用したのに対し、LPRと同じ金利だったものは0.55%、LPRよりも高い金利を適用したものは83.05%だった(図表2参照)。特にLPRよりも60 ファイナンス 2020 Feb.連載海外経済の 潮流

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