ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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通貨を発行した場合の金融政策への影響についての様々な論点、現金との代替(キャッシュレス化)の見通しが整理される。中央銀行によるデジタル通貨の発行には、直接型と間接型があるが、ここでは、専門家の間で有望とされる間接型を中心に理論的な考察が行われている。マイナス金利の付利が容易になる点などがメリットとされる。また、日本の現在の現金需要では、退蔵現金の存在が大きく、現金との代替はこれがデジタル通貨とどの程度交換されるかによるとする。関連して、週刊ダイヤモンド2020年1月18日号のコラム「金融市場異論百出」での加藤出・東短リサーチ代表取締役社長の指摘(英国では新札が登場するとしばらくして旧札の法的通用力が失効するが、日本はそうではないこと)に留意すべきだ。なお、ケインズ経済学の碩学・故大瀧雅之・東京大学社会科学研究所教授は「経済学・入門」(有斐閣 2009年)で、ドイツの社会学者ジンメルを引き、「貨幣は同質で大量に生産でき、実用の用に供しないものほど望ましい」としていた。デジタル通貨は、この要件にピッタリだ。貨幣の本質論を踏まえた、より幅広い議論が求められているのではないか。財総研においても、リブラの登場などを踏まえて、さらに研究の深化を望みたい論点である。(本稿入稿後、1月21日に、日本銀行は、同行を含む主要中央銀行による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用可能性を評価するためのグループの設立を発表した。)第4章「キャッシュレス化の政策的インプリケーション」(渡辺智之 一橋大学大学院経済学研究科教授)では、キャッシュレス決済の4様式(銀行預金、電子マネー、仮想通貨(暗号資産)、電子通貨)に分けて、検討を深めている。キャッシュレス化をキャッシュレス比率から見るだけでは不十分であり、そのキャッシュレス化の中身を検討すべきとする。渡辺教授は、アメリカ財務省が、2006年にDirect Express CardというマスターカードブランドのGRP(general purpose reloadable)プリペイドカードを導入し、銀行口座を持たない者にも電子的に送金できるようになり、電子化が100%になったことを指摘し、日本でもマイナンバーカード等の仕組みを利用した電子マネーの発行などによる、公務サービスの高度化、効率化を提案する。また、ビッグデータの公的部門での活用の促進を提起する。第5章「キャッシュレス化の普及に関する考察」(木村遥介 財総研総務研究部研究官)では、キャッシュレスでは、プラットフォームを提供する企業(プラットフォーム企業)が存在し、このプラットフォーム企業が、消費者と事業者という2つの利用者グループの間の相互作用を考慮して、価格の設定を行うという。このような相互作用が存在する市場(両面性市場)についてのこれまでの研究の蓄積を踏まえ、具体的に、クレジットカード市場におけるカード会社の企業行動を分析する。カード会社は、消費者には低い利用料金(ゼロを含む)を設定する一方、事業者に対してはプラスの利用料金を取ることで利潤最大化ができる。ところが、最近、キャッシュレスを提供する企業は、双方にゼロ価格を設定し、他のビジネスなどから補填しているとする。第6章「スウェーデン及びドイツにおけるキャッシュレス化の現状と課題」(小部春美 前大臣官房審議官兼財総研副所長)では、「キャッシュレス先進国」といわれるスウェーデンと、現金志向の強いドイツというEU加盟2カ国について調査する。スウェーデンでは、預金保険で保護されている商業銀行マネーと連動しているところに特徴があり、ドイツについては、日常的な少額の支払いでは現金の利用割合が高いが、支払額が大きくなると、デビットカードの利用が増えるという。また、スウェーデンでの現金の利用維持についての議論が紹介されている。第7章「スウェーデンの動向」(上田大介 財総研総務研究部主任研究官 小見山拓也 前財総研総務研究部研究員 井上俊 財総研総務研究部研究員)、第8章「ドイツの動向」(奥愛 財総研総務研究部総括主任研究官 佐野春樹 財総研総務研究部研究員)は、第6章をうけて各国の動向を詳述している。スウェーデン中央銀行の法定デジタル通貨の検討状況や、ドイツの現金志向に「決済の匿名性」や「自由」を重視する国民の意識などの詳しい調査は興味深い。なお、週刊エコノミスト2020年1月14日号の報道(WORLD WATCH)によれば、スウェーデンは国会で、大手金融機関に対して「消費者の現金の引き出し」と「事業者の売上金入金」が行える場所を全国に適切な範囲で設けることを義務づける法案(2021年1月施行)が可決されたことを付言したい。第9章「韓国の動き」(中尾睦 前財総研副所長 奥愛 財総研総務研究部総括主任研究官 井上俊 財総研総務研究部研究員)では、韓国の動向を活写するとともに、日本に比してキャッシュレス化が大幅に普及しているゆえんを、政府主導の政策展開にみている。第10章「シンガポールにおけるデジタル化の進展」(笠原基和 前金融庁総務企画局企画課信用制度参事官室課長補佐(在シンガポール日本国大使館一等書記官))は、2014年以降、Smart Nation構想のもと、政府が強力にデジタル化を推進してきたことで、様々な展開が進んでいることがわかる。その一環として、電子決済に大きな変化が生じているという。「キャッシュレス」については、Fintechもそうだが、日本では、言葉だけが先行して踊っているような印象も強かったが、今回の財総研による目配りのきいた研究成果により、かなりその含意するところが見えてきたと思う。この問題は、財務省にとっても極めて重要な政策分野であることを改めて認識させられた。ぜひ広く一読をお勧めしたい1冊である。 ファイナンス 2020 Feb.55ファイナンスライブラリーライブラリー

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