ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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評者中原 広ニコラス・タンコ・アルメロ 著/寺澤辰麿 訳コロンビア商人が見た 維新後の日本中央公論新社 2019年12月 定価 本体2,400円+税1871年(明治4年)は、8月に廃藩置県が行われ、9月に断髪令が発せられた年である。著者ニコラス・タンコ・アルメロは、同年12月24日、岩倉使節団が出港した翌日に横浜港に降り立った。本書は、コロンビア人の苦クーリー力手配商人ニコラスの日本旅行・滞在記であり、1888年にスペインで出版された。コロンビア人が初めて日本についてスペイン語で書いた原著を、130年余を経て昨年、元コロンビア大使の寺澤辰麿氏が翻訳され、我が国に紹介されたものである。本書によればニコラスの日本滞在は1か月余なのだが、彼の日本に関する知識の広さ、日本に対する観察の深さには驚かされる。例えば、日本の文明の進展を紹介する章では、垂仁帝御代の陶磁器製造法導入、欽明帝の御代の仏教伝来、推古帝の御代の曇徴による製紙技術の伝授などの記述があり、日本人の我々でも滅多に耳にしない古代の天皇の諡号や高麗から来日した僧の名前などが続々と登場する。また、江戸時代の統治構造については、「『将軍』が統領であり、…天皇は、一種の幻影あるいは陰画的存在であって、政府の中で直接行動することはなく、正に屏風として、神秘思想と瞑想に没頭する宗教上の人物であるという政治機構」と、本質を把握している。そして幕藩体制について、「日本が、独裁的権力の下で、悲惨な状況にあったと考えることは間違いである。それとは逆に、人々は、保護と保障を享受した。…奉行の権限は制約されており、決して犯すことのできない法令に従って権限を行使する。」と指摘している。こうした日本についての広範な理解は、訳者の指摘するとおり、1871年の初来日後、原書刊行までの17年間に複数回来日した経験を踏まえて本書が執筆されたからであり、また中国に長く滞在してそこで日本に関する情報を入手していたからだろう。徐福伝説の記述などを読むと後者につきその感を深くする。訳者は本書の特徴として「当時の日本の庶民の生活に根差す習俗、迷信、エピソードなどが多く取り上げられており、正規の歴史の本にはない切り口が見られる」点を挙げている。筆者も同感であり、本書の興味深いところである。例えば風呂屋の描写では、「広間の周囲にある廊下で、腰帯であり同時に入浴時のスポンジやタオルとしても使える『手拭い』で体を拭く。そして、なんと奇妙なことか、…我々のやり方とは逆の手順で拭き始めるのだ。足から、そして下から上に体の各部分を拭き、最後に顔を鼻の先まできれいにする、というか、正確に言えば、不潔にする」とある。また、食事に関しては、「日本人は一日三回食事をし、摂取する食事をほとんど変えない。一般的に日本人は大食漢であり、…その主要な食品は、キノコ、野菜、海産物、米、穀物の粉をクリーム状にしたスポンジケーキのような豆腐である」とある。なお、中仙道経由の大阪旅行について記した別の章では、「(日本人は)我々の素晴らしい料理よりも嫌悪感を催すような彼らの『御膳』の方を好む」としている。因みに、ニコラスは中仙道の道中でも、日本食はほとんど食べず、人力車で持参したフォアグラや牡蠣などの缶詰類やワイン、ブランデーで食事をしたようだ。日本の家庭生活については、「日本人は、非常に家庭的で、家庭生活を大変好む。すなわち夜はほとんど外出しないし、家族全員が集まって楽しい会話をして夜の時間を過ごす。通常女たちは刺繍をし、一方父親は、物語や小説などを大きな声で朗読し、家族全員口を開けて、熱心に耳を傾ける。また、…『碁』というものを10時まで打ち、各自それぞれの寝床に下がる」と説明している。他方、宴会については、「盛大な宴会の場合には、鶏肉や卵を食べ、またふしだらな娼婦である『芸者』を雇って宴会の間、歌舞音曲を演じさせ…楽器は『三味線』といい、…とても調子の狂った不快な音がする。歌謡は、身の毛のよだつようなひどいもので、52 ファイナンス 2020 Feb.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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