ファイナンス 2020年2月号 Vol.55 No.11
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に即戦力として就職することが比較的容易となり、若年者失業率の低さにつながっていると考えられる。(2)企業はなぜ職業訓練に協力するのか?したがって、今後もVETを維持していくためには、企業の協力が不可欠であるが、そもそも企業はなぜ職業訓練に積極的に協力するのだろうか。例えば、Kuhn et al.(2019)は、公共サービスの提供における民間の役割を重視する社会的規範が、企業の協力を後押ししていると指摘している。もちろんそのような要素も考えられるが、企業の大きな目標が利益の追求であると考えれば、経済的な誘因も不可欠であろう。すなわち、職業訓練には、実習生やトレーナーへの人件費に加え、実習のための機械や器具の準備、行政手続きなどに伴う多額の費用がかかる。したがって、職業訓練は、実習生だけでなく、企業にとってもこのような費用を上回るメリットがなければ成り立たない。この点、Gehret et al.(2019)は企業のVETに関する費用対効果を分析しており、スイスの制度は平均的に、実習生が企業にもたらす便益が、企業が負う費用を上回るとしている。具体的には、3年間のVETによって1契約につき総費用が83,420フラン、総便益が93,860フランと、差し引きで10,430フランの純便益を生み出している。なぜ、便益が費用を上回る結果となっているのだろうか。これについては様々な要因が考えられるが、例えば、(1)実際の業務・生産ラインや生産性の高い業務における実習に多くの時間を割いていること、(2)既存の労働者の代替として実習生を活用することに反対する労働組合からの圧力が強くないこと、(3)実習後の転職が珍しくないため実習生を効率的に活用するインセンティヴが強いこと、(4)実習後に得られる資格が魅力的であれば実習生はある程度低い賃金であっても受け入れることなどが指摘されている(Wolter et al., 2006 ; Dionisius et al., 2009 ; Muehlemann et al., 2014 ; Lerman, 2019 ; Gehret et al., 2019)。また、実習中は赤字であったとしても、高スキル労働者を外部から新たに採用するには多大な費用がかかることから、企業内訓練を充実させ囲い込みすることが、長い目で見ればむしろ望ましくなるといった分析もある(Muehlemann et al., 2014 ; Blatter et al., 2016 ; Moretti et al., 2017)。実習生が企業の一員として一定程度の成果をあげてくれることに加え、高齢化によって外部からの人材確保がますます難しくなることを踏まえれば、企業にとって職業訓練には相応のメリットがあると考えられているのかもしれない。(3) 学生にとって職業訓練にどのようなメリットがあるのだろうか?前項において、企業の便益は費用を上回る点を紹介したが、裏を返せば、その分が実習生に賃金水準の抑制を通じて負担を転嫁しているとも解釈できる。安い給料で働かされているだけではないかといった疑念が実習生には生じないのだろうか。彼らにとってVETにどのようなメリットがあるのだろうか。〈職業訓練vs就職〉この点について、実習後に即戦力として容易に就職でき、相応の賃金水準を享受できるといったメリットがあり、必ずしも実習生の負担超過になるというわけではないという議論がありうる。他方、そもそも3~4年の職業訓練の間に一般の労働者とほぼ同じように働くのであれば、最初から就職して職業経験を積んでいくほうが望ましいのではないだろうか。この点については、Korber(2019)が分析しているが、職業訓練を受けた者の方が、義務教育後の修了資格がない者よりも生涯を通じて雇用や賃金の面で有利になると指摘している。VET修了者に授与される連邦職業教育・訓練修了証は国家によって認証されている資格であり、また、企業特殊的な資格ではなく産業特殊的なものであるため、同一産業内であればこの資格によって自らの技能を証明することができる。したがって、資格保有者はより良い労働条件を求めて企業を選択することができる点で有利と言えよう。また、企業側が資格保有者を学習能力が高く自律性が高い者と判断するためのシグナルとして用いている可能性もある。VET資格保有者は無資格者と比較して、スタート地点において有利な立場にあると考えられる。〈職業訓練vs普通教育〉また、職業教育は普通教育と比較しても、何らかの42 ファイナンス 2020 Feb.SPOT

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