ファイナンス 2020年1月号 Vol.55 No.10
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例えば残存8年の銘柄を受け渡すことが可能となり、スクイーズを防ぐ効果を有します。実際、日本の国債先物の受渡銘柄として残存期間が7年以上とされた背景には、相場操縦を回避するため、先物導入当時の発行量に鑑み、受渡供給量として残存7年以上とすれば十分という判断がありました*27。近年、日銀による量的・質的金融緩和により日銀が大量の国債を保有するという現象が起きていますが、受渡の対象となる7年ゾーンの国債をオペレーションの対象から外すなどの配慮もなされています。日本国債先物を通じて先物を知った人は現物決済を当然に思われるかもしれませんが、先物取引において必ずしも現物を受け渡すことで決済がなされるとは限りません。たとえば日経平均先物は現物決済ではなく、時価で決済する現金決済(差金決済)がとられています。また、オーストラリアなど一部の国では債券先物についても差金決済がなされており、債券先物について現物決済に必然性があるわけではありません。ちなみに、先物が予約という機能をもつことを考えれば、現物を受け渡すことで決済を行うことは自然な発想です。しかし、日経平均先物のような株式指数の先物を作る場合、実際に数百におよぶ株式を受け渡すことは現実的ではありません。初めて差金決済が用いられた金融商品の先物としてメラメド氏はユーロドル金利先物を挙げていますが、実はダウジョーンズ先物を構想する中で生まれています*28。メラメド(2007)を読むと導入にかかる当時の苦労が鮮明に描かれています。4.2 コンバージョン・ファクター前述のとおり、日本国債先物では標準物と呼ばれる仮想的な国債(長期国債先物の場合、6%のクーポンの10年国債)が売買されますが、これはあくまで仮想的なものであり、受渡日には一定の計算式に基づき、残存7~11年の10年利付国債と交換することが可能です。この過程で重要な役割を果たすものがコンバージョン・ファクター(Conversion Factor, CF)*27) これ以外にも一般的に長期債といった場合、残存7年以上という理解が浸透していたことも指摘されています。詳細は野村證券(1985)を参照してください。*28) メラメド(2007)は「私が受け渡し制度がない先物商品という考えをはじめて思いついたのは、ユーロドル金利の上場を検討した時ではない。それは、商品先物取引委員会が創設される以前に、私とエルマー・ファルカーとの間で、株価指数先物について議論した時に遡る」(下巻, p.136-137)、「1981年、マーカンタイル取引所は、世界の差金決済の先物商品として、ユーロドル金利先物を上場して、世界の先物市場の歴史に一頁を加えた。しかし、厳密に言えば、1980年に、レス・レスキングを会長とするシドニー先物取引所(SFE)が、逸早く差金決済の米ドル通貨先物を上場している。この商品は、当時、世界的な注目を浴びることなく終わった」(下巻, p.140)としています。*29) https://www.jpx.co.jp/derivatives/products/jgb/jgb-futures/02.htmlを参照してください。です。CFそのものは複雑な数式で定義されていますが、実務的には「標準物の価格を現実の国債価格に変換する係数」というイメージをしておけば十分です。CFが意味するところは、受渡銘柄の利回りが(標準物と同じ)6%になるような価格を100円で基準化したものですが、その正確な定義及び導出についてBOX 3で解説しますので、ここではどのようにCFを使うのかについて確認しておきましょう。先物の現物決済に用いる受渡価格は、先物価格にCFを掛け合わせることで定められます(受渡価格=先物価格×CF)。例えば、残存7年国債のCFが0.7、先物価格が150円であるとすると、105円(=0.7×150)が残存7年国債の受渡価格になります。BOX 3に記載しているとおり、CFは受渡を行う利付債のクーポンや残存期間に依存するため、CFは7~11年の受渡銘柄それぞれで異なる値になります。これまで国債先物と残存7年の国債の受渡を前提に議論してきましたが、これは受渡銘柄毎に計算されるCFに基づき「先物価格×CF」を計算すると、これまでの市場環境下では残存7年の国債を受け渡すコストが最も低い環境が続いているからです。受渡のコストが最も低い銘柄を「最割安銘柄(チーペスト、Cheapest To Deliver)」といいますが、残存7年の国債がチーペストになるメカニズムについては翌月号に掲載されるレポートで解説予定です。また、「先物価格×CF」という形で受渡銘柄の価格を決める理由やCFが現在の低金利環境下で0.7程度の値になりやすい理由を知りたい読者はBOX 3を参照してください(ちなみに、CFの具体的な値は日本取引所グループのサイトに掲載されます*29)。4.3 デリバリー・オプション先物の現物決済では残存7~11年の国債の中から選択して受け渡すことができると説明してきましたが、大切なポイントはこの7~11年の国債の中から銘柄を選ぶ選択権を持っている主体は先物を(買い建てた側 ファイナンス 2020 Jan.68シリーズ 日本経済を考える 96連載日本経済を 考える

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