ファイナンス 2020年1月号 Vol.55 No.10
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て5枚購入した場合であれば150.00円で取引が成立しますが、さらに5枚購入すると購入価格は150.01円へと上がります。このように購入する枚数を増やしていくと、価格が上昇していくことが理解できます。もっとも、買指値注文や売指値注文は現時点で投資家が入れている注文であり、投資家はその注文をキャンセルすることができます。そのため、現在の板に多くの注文が入っていたとしても、例えば何かイベントがあることで多くの注文が引いてしまう可能性もありえます。板については国債市場の流動性の評価でも用いられます。しばしば板における注文の多さを板の「厚さ」で表現しますが、板が厚い状態とは取引が成立する価格の周辺に多くの注文が入っている状態です。このように板が厚い状況であれば仮に投資家が大きな注文をしたとしても価格が大きく動く可能性が低い状況と解されます。市場流動性の定義は難しいですが、売買に対する価格のインパクト(プライス・インパクト)を市場流動性と定義すれば先物の板の厚みを計算することで流動性指標を作ることができます。例えば、日本銀行の「国債市場の流動性指標」ではベスト・アスクの枚数で流動性指標を構築しています*25。国債市場の流動性については服部(2018)などを参照してください。なお、国債の店頭市場(OTC市場)において板情報が全く見られないわけではありません。例えば、日本相互証券(Broker's Broker , BB)が提供する取引システムの画面をみればベスト・プライス(ベスト・アスクとベスト・ビット)やその注文量を見ることができます。*25) 黒崎等(2015)ではベスト・ビット枚数もベスト・アスク枚数とおおむね同様に推移していると指摘しています。*26) タックマン(2012)はバスケットが設けられる理由としてスクイーズを指摘していますが、それ以外には、交換できる証券が1つだけであると、バイ・アンド・ホールドを行う投資家の保有蓄積により、当該債券の流動性が低下することで、ひいては先物の流動性が落ちることを防ぐ点も指摘しています。また、カリフォルニア大学バークレー校のリチャード・サンダー教授はウォール街の債券デスクに国債先物を受け入れてもらうため、一定の範囲から最も安いものを選んで受渡できるような制度設計がなされたと説明しています。サンダー教授は米国債の先物取引の導入について「進歩的な考えのない連中は、価格の透明性を嫌ったし、多くの人がキャッシュ市場のうまみがなくなってしまうと考えていた。(中略)受け渡しが可能な債券が大量にあったため、最も安いものを選べば裁定機会が生まれる。非常に狭い範囲内で裁定取引をすれば、価格変動リスクも限られるので、流動性が格段に高まった。短期的な裁定取引が長期のヘッジを目指す人に流動性を提供したのである。」(ダンバー, 2001, p.110)とコメントしています。4. 現物決済とコンバージョン・ファクター4.1  現物決済と現金決済:日本国債先物は現物決済国債先物では取引最終日にポジションが残っている場合、国債を受け渡すことで決済を行いますが、これを現物決済(受渡決済)といいます。一方で、取引最終日までに反対売買をすることで先物のポジションを解消し、現物決済を避けることが可能です。国債先物のややこしい点は、現物決済に際し、受渡銘柄が「残存7年以上11年未満の10年利付国債」という形でレンジ(バスケット)が設けられている点です。すなわち、先物の売り手は残存7年以上11年未満の複数の国債の中から好きな銘柄を選んで受渡を行うことができるのです(図6)。このように現物決済に際し、受渡可能な銘柄を「受渡適格銘柄」といいます。もっとも、現行の国債先物については、前述のとおり、事実上、残存7年の国債を受け渡す構造になっています。そのため、現在のように残存7年~11年の国債を受渡適格銘柄にするのではなく、例えば、残存7年の国債を受け渡すといった制度でもよさそうに思われます。しかし、もし仮に残存7年の国債を受け渡すという制度にしてしまうと、その年限の国債を買い占めて利益を得ようとする投資家が発生する可能性があります。このような買い占め行為を「スクイーズ(Squeeze)」といいます*26。そこで、残存7~11年と言った形で受渡可能な国債を複数設けておくことで、たとえ残存7年の国債が買い占めたられたとしても、図6 国債先物における現物決済のイメージ先物の売り手が「受渡適格銘柄」(残存7年~11年の国債)の中から選択し、買い手に受け渡すことができる先物の売り手残存7年の日本国債先物の買い手残存7年の日本国債現物の国債を受け渡すことで決済を行う** ここでは実際に受渡がなされる残存7年の国債を例として記載しています。67 ファイナンス 2020 Jan.連載日本経済を 考える

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