ファイナンス 2020年1月号 Vol.55 No.10
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を2021年からのEU予算の中に設けることに合意した。これは、ユーロ加盟国間の格差の収斂と競争力強化につながるような加盟国の投資を資金的に支援する制度であるが、この合意に至るまでの議論において、当ツールに経済安定化機能を持たせようとする提案もなされたが、最終的には、経済安定化は当ツールの目的には入らなかった。なお、欧州失業手当再保険制度の創設について、今後検討が進められるようであるが、もしこうした制度が設けられれば、当制度は、経済安定化機能を有する制度となりうる。このように、EUとしての独自の財政的な経済安定化のツールが無い中、EUにおいては、「欧州セメスター」のプロセスを通して、ユーロ加盟国各国の財政政策を調整し、協調させることで、財政政策による安定化機能を実施しようとしている。先に見たように、欧州委員会は、2019年の秋にユーロ加盟各国の2020年予算を審査する中で、財政余力のある国は財政余力の活用を、他方、既に高い債務残高を抱える国は現在の低い金利環境を活用して財政健全化を進めていくことを勧告し、ユーロ加盟国間で十分に差異のある財政政策を実施していくことを勧告した。つまり、各国の財政政策にそれぞれの財政状況を考慮した差異をもたせるとともに、ユーロ圏全体としての財政スタンスを調整していくということのようである。このようなユーロ加盟国間の財政政策の協調という取り組みは、一見すると、財政赤字と債務残高に上限を設けることにより、財政の持続可能性を確保することを目的とした現在のEUの財政ルールを超えた取り組みのようにも見える。なお、報道*8等によれば、2020年に欧州委員会がEUの財政ルールの見直しの提案をするようであり、そこで、どのようにこうした要素を財政ルールに盛り込むのか、先の欧州中央銀行の金融政策の枠組みの見直しとともに、注目されるところである。*8) Financial Times, EU’s new economy chief warns on block’s budget rules,2019年12月19日*9) 欧州委員会,COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL (EURO SUMMIT), THE COUNCIL, THE EUROPEAN CENTRAL BANK, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS “Towards a stronger international role of the euro”,2018年12月5日*10) 同上5.ユーロの国際的役割の強化最後に、ユーロの国際的役割の強化という欧州の取り組みについて、少し触れておきたい。ユーロは、世界でドルに次いで利用されている通貨であるが(図表3参照)、現在EUは、エネルギー分野の貿易におけるインボイスのユーロ建てインボイスの比率の拡大等、ユーロの国際的利用の更なる拡大を目指している。こうした背景には、新技術の発展と、中国など新たな経済大国の出現により、これまでのドルやユーロといった一部の国・地域の通貨が国際的に圧倒的な地位を占める国際通貨システムから、複数の国際的な通貨による、より多様化・多極化した国際通貨システムへの移行の可能性が高まっているという認識があるようである。*9また、欧州委員会は、最近のイラン制裁の再開のような第三国による一方的な域外適用措置は、最近の国際的なルールに基づくガバナンスと貿易に対する挑戦とともに、欧州の経済及び通貨主権に関して、欧州の目を覚ますきっかけになったとしている。*10ユーロの国際的な利用が拡大するためには、ユーロという単一通貨制度に対する信頼が不可欠であり、そのためには、ユーロ圏における健全な経済・財政政策、健全な金融システムの確保が重要である。先述の欧州経済通貨同盟の取り組みは、ユーロの国際的役割強化の土台となるものである。なお、ユーロとドルの大きな違いの一つとして、ユーロには、米国債に相当するようなユーロ圏としての“安全資産”が存在しないことが指摘されている。ユーロ圏においては、各加盟国が、それぞれ国債を発行していることから、ユーロ圏加盟国の発行する国債は、各国の財政状況に応じ、リスクが異なるという状況になっている。こうしたことから、ユーロ圏の“安全資産”となるような新たな金融商品の設計について、様々な提案が出されているが、これらを追求するには、法的にも、政治的・制度的にも、多くの難しい問題があり、長期的な課題となっている。 ファイナンス 2020 Jan.58海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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