ファイナンス 2020年1月号 Vol.55 No.10
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(金融市場)こうした経済見通しの低下と、低インフレという状況において、2019年9月欧州中央銀行は、再び金融緩和措置を採ることを決定した。悪化する経済見通しと、長期にわたる緩和的金融政策が続くという予測、それによる更なるタームプレミアムの低下は、“安全資産”への需要が供給を上回る中で、国債イールドの引き下げ圧力となり、欧州のかなりの部分の国債がネガティブイールドで取引される状況になっている(2019年11月時点)。このような状況に関して、欧州委員会は、現時点では、インフレ圧力による中央銀行の金利引き上げや、金融市場におけるバブルの崩壊といった、伝統的な不況の引き金となるような事態は、関係がない(irrelevant)ように見えるとしている。他方、世界経済や欧州経済を景気後退に引き入れるような新たな引き金が前面に出てきているとしている。これらは、製造業が引き続き弱まるということに限らず、経済成長に重くのしかかる、より広範な要因を含んだものであるとしている。(財政状況)欧州の各国政府の財政状況については、ユーロ圏の一般政府の財政赤字は、2018年に記録した対GDP比0.5%という歴史的な低水準から、徐々に上昇するという見通しになっている(2019年0.8%、2020年0.9%、2021年1.0%)。これは、潜在成長率を下回る経済成長と、裁量的な財政政策により、歳入が減る一方、歳出面は概ね変化しないという見通しによるものである。また、ユーロ圏全体としての政府債務残高の対GDP比は、引き続き安定的に低下していくとの見通しとなっている(2018年87.9%、2019年86.4%、2020年85.1%、2021年84.1%)。この債務残高の対GDP比の低下は、名目GDP成長率が国債の計算上の利子率(implicit interest rate)より高いことにより、雪だるま式に債務残高の対GDP比が低下していくというスノーボール効果に支えられたものであるとしている。こうした中、2019年11月、欧州委員会は、ユーロ加盟各国の2020年予算を審査する中で、財政余力の*6) 欧州委員会,Autumn Fiscal Package:Commission adopts Opinions on euro area Draft Budgetary Plans, 2019年11月20日ある国(例:ドイツ、オランダ)は投資をサポートするために財政余力の活用を、他方、既に高い債務残高を抱える国(例:ベルギー、フランス、イタリア、スペイン)は現在の低い金利環境を活用して、債務残高を減らしていくことを勧告している。*6(経済見通しに対するリスク)以上のように、欧州委員会は、欧州経済は高い不確実性に直面しているとして、主なリスクとして、以下を指摘している。欧州の域外からの欧州経済の下振れリスクとしては、(1)米中貿易摩擦の更なる過熱、(2)米国による輸入自動車に対する関税の引き上げ、または追加的賦課、(3)地政学的緊張の高まりと原油価格の著しい高騰、(4)現在想定されているよりも急速な中国の景気後退、(5)気候変動を指摘している。欧州域内の欧州経済の下振れリスクとしては、(1)製造業の弱まりがサービス産業等の他の分野へ波及すること、(2)最近の債券や株式の値動きの基礎となっている想定が変わり、投資家が急にリスク回避行動をとり始めるといった、急激な金融市場の調整、(3)英国のEUからの無秩序な離脱を指摘している。こうした下振れリスクには、それが逆に展開することで、上振れリスクになりうるものもある。例えば、貿易摩擦の想定よりも早い解決や、中国経済の想定以上の高い成長、中東における地政学的緊張の緩和による原油価格上昇の弱まりといったことである。またユーロ圏の財政スタンスが想定よりも拡張的になることも、上振れリスクとして指摘している。欧州委員会は、ベースラインの経済見通しを、こうした下振れリスクと、上振れリスクに照らして計測した結果、まず下振れリスクが上振れリスクより圧倒的に大きい結果となっているとしている。次に、ベースラインの経済見通しを取り巻く高い不確実性により、結果としてベースラインから乖離した結果となる可能性を示したファンチャートは、相対的に広いファンチャートになっているとしている(図表1参照)。 ファイナンス 2020 Jan.54海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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