ファイナンス 2020年1月号 Vol.55 No.10
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に反対を表明したのは、こうした文脈においてである。一方で、サービス産業は、内需に支えられ、引き続き堅調となっている。このように、産業全体を見渡すと、堅調なサービス産業と、急速にクールダウンしてきている製造業というように、二つの産業間で成長速度が大きく異なるという状況になっている。今後は、こうした製造業の弱まりが、サービス業にどの程度波及していくのかが、今後の欧州経済の見通しにとって、重要な要素となっている。(堅調な労働市場と低インフレ)こうした中、労働市場は堅調で、失業率も世界金融危機前の水準以下に下がっている。これが、賃金の強い上昇につながり、消費を通じた内需の拡大により、欧州経済を支えている。ユーロ圏のインフレ率は、2019年1.2%、2020年1.2%、2021年1.3%と力強い賃金上昇にもかかわらず、低いインフレ見通しとなっている。この点に関して、IMFが、2019年11月に、この現象をヨーロッパの賃金と物価の謎*4として、次のような分析を出している。世界金融危機以降の10年間において、ヨーロッパにおいては、賃金と物価の関連が著しく弱まった。これには、いくつかの原因が考えられる。一つ目は、低インフレでかつインフレ期待がよくコントロールされている状況下においては、企業は、現在の賃金上昇は一時的なものに過ぎないと考え、労働コストの上昇に応じて物価を引き上げることを躊躇するようになる。次に、企業の価格設定は、その企業が国内競争のみにさらされているのか、それとも国際競争にさらされているのかに相当程度影響され、製造業のような、より国際競争にさらされている産業では、それほど国際的な競争にさらされていないサービス産業と比べると、賃金上昇に伴う労働コストの上昇に対応した物価の引き上げを行いにくいということがある。最後に、企業の利益率が高いときには、賃金上昇がインフレにつながる効果が著しく弱まるとしている。これは、利益が上がっている企業は、特にマーケットシェアを維持したい場合には、賃金上昇に対応して、商品価格を引き上げるのではなく、自らの*4) IMF, IMF Blog, Europe’s Wage-Price Puzzle, 2019年11月11日*5) Financial Times, Christine Lagarde prepares sweeping review of ECB’s strategy, 2019年12月9日利益の中で、賃金上昇のコストを吸収しようとするからである。このように分析した上で、インフレ期待が歴史的な低さで、国際的な競争からのプレッシャーが上昇する中、企業に十分な利益率があるという状況において、ヨーロッパで賃金上昇とインフレの関連が弱まっていることは、必ずしも驚きではなく、また強力な賃金上昇は、近い将来にも有意な形でインフレを引き起こさないであろうとしている。こうしたことから、ヨーロッパにおいて、インフレ目標を持続的に達成するためには、金融政策は長期にわたり緩和的である必要があるとし、他方で、こうした長期の緩和がもたらしうる金融システムの不安定化を防ぐ対応を採ることを勧告している。なお、欧州中央銀行は、2019年11月に、それまでIMF専務理事であったクリスティーナ・ラガルド氏が新しく総裁に就任しており、報道*5によれば、2020年に欧州中央銀行の金融政策の枠組みの包括的な見直しを行うとなっている。上記のように、世界金融危機前とそれ以後では、中央銀行を取り巻く環境が変化してきている中で、どのような見直しがなされるのか注目されるところである。(民間消費:高まる貯蓄率)他方で、民間消費について、実質可処分所得の増加ほどには消費が伸びていない状況が最近起きてきていると欧州委員会は指摘している。言い換えると、貯蓄率が上昇してきているということである。この原因として、欧州委員会は、次の原因を指摘している。(1)経済の見通しの悪化と、それに伴う失業率上昇のおそれが、将来に備えた貯蓄の増加を引き起こしている、(2)低金利(またはマイナス金利)という環境の中で、もはやキャピタルゲインを想定することをやめて、一定の資産水準に達するまで貯蓄率を引き上げる行動を家計がとり始めている、(3)自動車業界において起こっている技術的な変更の範囲と期間に関する不確実性が短期的な需要を阻害している、(4)長期の景気回復により消費需要が飽和状態となっている可能性がある、といった原因を指摘している。53 ファイナンス 2020 Jan.連載海外 ウォッチャー

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