2019年12月号 Vol.55 No.9
68/84

長率がより水増しして報告されていることを検知している。GDPの支出面の内訳に焦点を当てると、GDP成長率の水増しは、公共投資及び政府支出データの改竄によるものであり、その他の項目による影響は確認されなかった。これは、公共投資及び政府支出データの操作は独立した第三者により照合されにくいためである。一方、輸出入データは輸出入の相手国により報告される数値と照合されうるし、個人消費は家計調査や小売り調査と比較される可能性があり、改竄の事実が表に出やすい。統計の改竄や情報操作は旧共産主義国で顕著で、組織的な国勢調査の偽造などが過去にも指摘されている(Merridale, 1996)。Martinez(2019)では、それをさらに裏付けつつ、共産主義体制の歴史をもつ国においてGDP統計改竄の程度が大きいという精緻なエビデンスを提示した。4.アポロ計画の矛盾とベトナム戦争前の二つの章では、宇宙開発によってもたらされた恩恵について、その一部を紹介した。この恩恵に対して、本章及び次章では特にその初期において顕著だった宇宙開発の「自己矛盾」について取り上げたい。それでは、約半世紀前のアポロ計画に話を戻そう。冒頭で述べた通り、アポロ計画は、月面着陸という人類の歴史的大偉業であり、宇宙開発の歴史を俯瞰する限り、その功績の大きさは揺るぎない。しかし、“That's one small step for(a)man, one giant leap for mankind.”という人類全体の発展を意図したNeil Armstrong宇宙飛行士の言葉は、米国が世界の覇権を旧ソ連と争う中で生まれたものであることを見逃してはならない。米ソ間の世界の覇権争いは宇宙空間のみならず、ほぼ同時期に起こったベトナム戦争という名の下でも繰り広げられていた。米軍はベトナムをはじめ、ラオス、カンボジアを含むインドシナ三国に対して大量の爆弾を落とし、枯葉剤を撒くなどという惨劇を招いていた。前章でも述べたとおり、宇宙開発によって高度な遠隔測定技術が生まれ、人工衛星により撮影される衛星*16) ベトナム戦争の影響を分析した既存研究にMiguel and Rolland(2011)がある。同論文は家計調査や国勢調査(非衛星画像データ)に依拠し、ベトナム戦争時にベトナム国内に投下された米軍による爆撃が同国の長期的な経済成長に与える因果関係を明らかにしている。その識別戦略として、同論文では、米軍の爆撃が北緯17度線の非武装地帯を中心に投下された歴史的事実に着目し、爆撃の強度を示す操作変数として北緯17度線とベトナムの各行政区画(province及びdistrict)との間の距離を採用している。画像の多くが無償かつ地球規模で利用可能になるに至った。次章では、このように利用可能となった衛星画像を使って、アポロ計画とほぼ同時期に行われていたベトナム戦争の影響を検証したYamada and Yamada(forthcoming)*16を紹介したい。米ソの争いは衛星画像という人類の発展の「果実」をもたらしたものの、このような技術を使って米ソの争いがもたらした「惨劇」の影響を検証することに、筆者は些かアポロ計画が抱える「自己矛盾」を感じざるを得ない。5. 宇宙から地球を見る:衛星画像によるベトナム戦争の影響分析同研究では一人当たりの爆撃投下量で歴史上最も被爆したラオスを対象として、米軍による爆撃の威力が長期的な経済活動に与える影響を夜間光衛星画像などによって検証している。爆撃数でみると、ラオスへの投下量は、第2次世界大戦時の日本とドイツに対する爆撃総数を上回り、その30%程度が不発弾として残留していると推定される(NRA, 2015; The White House, 2016; Woodru and Yiu, 2016; Kurlanzick, 2017)。ラオス国内における米軍の爆撃は、1964~1973年の期間に行われ、南部Ho Chi Minh Trail(HCMT)と北部Xieng Khouang provinceに集中している(図2)。南部HCMTは、北ベトナム(共産主義陣営)が南ベトナム(資本主義陣営)に侵入し、軍人及び軍事物資を送り、攻撃するための補給線として機能した。米軍は、HCMTを経由した北ベトナムの南部侵入を防ぐために大量の爆撃をHCMT沿いに行った。一方、北部Xieng Khouang provinceに集中した爆撃は、北ベトナムに対して南ベトナムの軍事力を顕示し、圧力をかける目的で行われた(Van Staaveran, 1993)。さらには、米軍の爆撃機がタイ北部などに位置する空軍基地に戻る前に、過積載された爆弾の廃棄場所として主に利用されたとみられる(Congressional Research Service(CRS), p.8, 2019; Reuter, 2016)。米軍による一連の爆撃などの結果、ラオスでは、推定で2万人の死者、3万人の重傷害者、6千人の行方不明者が64 ファイナンス 2019 Dec.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#68

このブックを見る