2019年12月号 Vol.55 No.9
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が現在進行形で進んでいる。*11国民経済計算をはじめとする政府統計の質改善に向けて、IMF及び世界銀行は中核的な役割を果たしてきた。各国政府当局の能力強化の点では、特に開発途上国を対象に統計の専門家による技術支援を提供するとともに、先進国を含む各国政府の統計の質を格付、公表し、データに関する世界基準の作成を先導している。例えば、IMFは、特別データ公表基準(SDDS:Special Data Dissemination Standard)を1996年に発効し、同基準を採用、遵守している国の統計当局の能力に対して高格付を付与している。特別データ公表基準は、1990年代中盤の金融危機を未然に防ぐための対策の一環としてつくられたもので、国民経済計算や国際収支をはじめとする18の統計カテゴリーについて、計上範囲・公表頻度・公表時期が規定され、データへのアクセス・信頼性・質を確保するよう求めている。同基準の採用は各国の自由意志によるが、一旦採用すると遵守する義務を負う。比較的近年の2012年には、2000年代後半に発生した世界金融危機の反省から、対象となるデータ範囲をより広範に定めた特別データ公表基準プラス(SDDS Plus)が発効されている。*123.3. 夜間光衛星画像を用いた国民経済計算の質の検証: Henderson et al. (2012)及びMartinez(2019)の事例このようなデータの質向上に向けた実務面の取組を後押しする形で、国民経済計算の正確性を夜間光衛星画像によって検証し、補完する手法を提案した研究が学術界並びに世界銀行やIMFなどの国際機関エコノミストを中心に注目を集め、大手メディア*13によっても取り上げられている。夜間光は経済活動を反映する変数として自然科学者から認知され初め(Croft, 1978; Elvidge et al., 1997)、2000年代に関連研究が急速に広がった(例えば、Sutton and Costanza, 2002; *11) 例えば、IMFタイ能力強化事務所(CDOT:IMF Capacity Development Ofce in Thailand)では、ラオスとミャンマーを中心とした東南アジアの国々に対して、統計の質向上に向けた技術支援とトレーニングの提供を行っている。CDOTは、主に日本の拠出金により運営され、政府財政統計、公共財政管理、金融及び外国為替、対外部門(国際収支)などの分野の専門家を擁し、対象国の能力強化に取り組んでいる。各国における技術支援の進捗状況については、IMF 4条協議報告書のTechnical Assistance及びCapacity Developmentに関する項目を参照されたい。また、統計の質については、サーベイランスの観点からStatistical Issuesの項目に概要が纏められている。*12) 特別データ公表基準及び特別データ公表基準プラスについての詳細は、IMF(2013, 2015)を参照されたい。日本では、総務省(政策統括官統計基準担当)が特別データ公表基準プラスの取り纏めを担い、財務省との連携の下、国内データの公表を行っている。*13) 例えば、Martinez (2019)の研究成果は、Washington Post、Quartz、The Economist、Fox Newsで紹介されている。各記事のリンクは、著者であるLuis Martinez氏のウェブページ(https://sites.google.com/site/lrmartineza)に記載されている。*14) World Development Indicators(WDI)に掲載された政府による報告値。*15) 2019年10月28日時点でHenderson et al.(2012)の引用数は1210件を超え、Michalopoulos and Papaioannou(2013)やHodler and Raschky (2014)以外にも数多の有力研究に影響を与えている。Ebener et al., 2005; Doll et al., 2006; Sutton et al., 2007; Ghosh et al., 2010)。著名な都市経済学者であるHenderson J. Vernonと、当時Brown大学の同僚だったDavid N. Weil及びAdam Storeygardによって書かれ、American Economic Reviewに掲載された“Measuring economic growth from outer space”(Henderson et al., 2012)では、潜在的な誤差がありうるとしながらも、既存の国民経済計算と夜間光の照度変化を複合的に用いることで真のGDP成長率を予測できることを示した。その上で、同予測手法を国民経済計算の質が極めて低いと世界銀行により評価されている低・中所得国に当てはめたところ、最大で年間3.5パーセンテージポイントの差が公表値*14との間にあることを指摘している。同論文が2009年にワーキングペーパーとして発刊されて以来、夜間光衛星画像の利用価値が経済学者コミュニティでも本格的に認知され、その後、利用が急速に拡大した。例えば、Michalopoulos and Papaioannou(2013)は、植民地以前の民族制度の複雑性や階層性が現代アフリカの地域経済の発展度合いを規定していることを示唆し、分析の際、地域経済の発展を示す変数として夜間光衛星画像を用いた。Hodler and Raschky(2014)は、現在の政治的指導者の出生地において夜間光照度が他より強いことを発見し、特に政治制度が脆弱で教育水準が低い国において、政治的指導者が出生地に対して「えこひいき」を行っていることを示した。両研究ともに、経済活動を極めて細かいレベルで捉え、広範囲のデータとして利用できる夜間光衛星画像の特性を生かしている。*15一方、国民経済計算における改竄に関連して、Martinez(2019)は、国家体制に着目し、非民主国家における実質GDP成長率の公表値を夜間光照度と比べ、同成長率が操作されているかどうかを検証した。分析の結果、独裁体制下にある国では、GDP成 ファイナンス 2019 Dec.63シリーズ 日本経済を考える 95連載日本経済を 考える

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