2019年11月号 Vol.55 No.8
70/90

果となっており、係数は借入の方が社債よりも大きくなっている。これは、担保提供能力が高いほど負債発行が容易になった結果と解釈でき、有担保が多い銀行貸出の慣行とも整合的である。ManageOwn(経営者による株式保有)を示す役員持ち株比率は、株式に対してのみ有意にプラスを示している。経営者の裁量についての仮説に従うと、役員持ち株比率が高い企業は、モニタリングを伴う銀行借入による資金調達を選択することとなるが、結果はこの仮説を支持しない。分析結果全体を見ると、概ね理論仮説と整合的な結果といえるが、一部、総資産の結果などについては理論仮説を支持しないものとなった。4.結論本稿では、企業の資金調達手段の選択に関する理論仮説を整理し、既存の実証研究のサーベイを行ったうえで、2000年代以降の東証一部上場企業の資金調達行動について実証分析を行い、既存の理論仮説との整合性を検証した。実証分析の結果、「銀行のホールドアップ問題」や質の高い企業が公開市場から資金調達を行うとする仮説、「再交渉仮説」、「最適資本構成の理論」などと整合的な結果が得られた。一方で、経営者の裁量についての仮説は支持しない結果となった。本稿では、企業の内部要因、すなわちバランスシート上の数値を変数に用いて資金調達手段の選択に対する影響を分析したが、外部要因を変数に加えることによって、より精緻な分析も可能になると考えられる。例えば、金利上昇局面では、借入から別の調達手段へシフトするなど、金利環境の変化による影響が予想される。あるいは、税制度等の制度変更による影響として、法人税改革によって実効税率が低下する中で、租税回避へのモチベーションが影響を受けると予想される。こうした要因の株式発行などへの影響も検証する意義はあるといえるだろう。また、分析対象となる期間を細分化したり、別の分析期間を採用した場合などでは、各指標の影響が異なる可能性も考えられる。例えば、本稿では比較的低金利かつ景気拡張が比較的長く続いた期間を対象としているが、景気後退が長く続いた期間の企業行動を考察することで、それぞれ景況感での企業行動の違いが捉えられることも考えられる。企業の資金調達行動の背後にある動機を解き明かすことは、行政が制度的・政策的観点から企業の円滑な資金調達をサポートするための判断材料を提供することにつながり、市場にとっても、ひいては企業自身にとっても、望ましい資金調達環境が整備されることにつながるものであり、今後も様々な観点から企業の資金調達行動についての議論・分析が進展することが望まれる。参考文献1.嶋谷毅・川井秀幸・馬場直彦(2005)「わが国企業による資金調達手段方法の選択問題:多項ロジット・モデルによる要因分析」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.05-J-32.白田佳子(2003)『企業倒産予知モデル』,中央経済社3.西岡慎一・馬場直彦(2004)「わが国企業の負債圧縮行動につ図表1 推計結果固定効果モデル(1)(2)(3)借入/外部資金調達総額社債/外部資金調達総額株式/外部資金調達総額総資産0.047***0.004-0.045***PBR0.0000.0000.000売上高伸び率-0.0240.023***0.017**有形固定資産伸び率0.005-0.0030.002研究開発費-0.1160.260*0.136EBITDA-0.397***-0.0330.357***SAF D-0.0150.001-0.014SAF C0.021-0.006-0.013SAF B0.0210.0040.001低カバレッジダミー-0.027*-0.0020.015**レバレッジ比率0.303***0.047**0.176***固定資産比率0.196***0.083***0.009役員持ち株比率0.070-0.0790.258***年ダミーYesYesYes定数項-0.073-0.0280.434***(注)***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%水準で有意であることを示す。66 ファイナンス 2019 Nov.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#70

このブックを見る