2019年11月号 Vol.55 No.8
67/90

行借入などの間接金融と社債、すなわち直接金融を対比させた分析を行っている。Denis and Mihov(2003)は1995年から1996年にかけての米国企業による新規負債発行データを用いて、資金調達手段を銀行借入・ノンバンク借入・公開市場調達の3つに分類し、その決定要因を分析している。その結果、収益性、健全性の高い企業は公開市場による調達を行い、中程度の企業は銀行借入を選択し、健全性の低い企業はノンバンク借入を選択することを明らかにしている。また、経営者持ち株比率が高い企業ほど、社債発行の割合が低いことも指摘している。このことは、前述した「経営者の裁量についての仮説」と整合的であるといえる。日本企業の資金調達手段選択に関する先行研究を見ると、Hoshi, Kashyap and Sharfstein(1993)は、純資産が豊富な企業は社債を選択する傾向が強いことを明らかにしており、関連するところでは、福田(2003)は、1980年代後半以降の日本企業を対象として実証分析を行い、負債比率の低い企業において社債が選択される傾向にあることを明らかにしている。両者の分析結果は、負債選択と企業の質に関する仮説と整合的であるといえる。また、Hosono(1998)は研究開発費の支出が多い企業ほど、銀行借入よりも社債発行を選択する可能性が高いことを示しており、これは、銀行借入のネガティブな側面に目を向けたもので、「銀行によるホールドアップ問題」と整合的である。企業の負債比率の決定要因について分析を行ったものとしてはHirota(1999)や西岡・馬場(2004)がある。いずれも大企業、東証一部上場企業を対象とした分析を行い、「最適資本構成の理論」の影響を示唆する結果を得ている。また、松浦・竹澤・鈴木(2000)は、1990年代の上場企業を対象とし、増資を行うかどうかの意思決定に対して影響を与える要因を分析している。彼らによると、増資は株価動向による影響を受けやすいことに加え、緩やかではあるものの、経営者の立場からみた場合の資金調達の容易さに従った順位関係があることが示されている。これは資金調達方法間に事前に優先順位が存在するとする「ペッキング・オーダー理論」を支持するものである。Shirasu and Xu(2007)は、1993年から1997年における東証一部上場企業を対象として、借入、あるいは公開市場からの資金調達の選択について、フローとストックの両面から分析を行っている。それによると、株式の時価簿価比率を基準とする質の高い企業は銀行借入から社債発行へ、質の低い企業は社債から銀行借入へ、それぞれ資金調達手段を移行させていることを明らかにしている。また、複数の資金調達手段の中で、なぜ企業はその資金調達方法を選択したのかという観点から分析を試みたものとして、嶋谷・川井・馬場(2005)がある。彼らは、1996年度から2003年度までの東証一部上場企業の決算データを用いて、資金調達方法の選択確率の分析を行っている。分析の結果、企業はエージェンシー・コストの程度に従って、資金調達方法に優先順位をつけるとする「ペッキング・オーダー理論」が支持されたほか、借入以外の市場性のある資金調達手段を選択するのは、比較的情報の非対称性の度合いが低いと考えられる、規模の大きな企業が中心であることが明らかにされた。また、負債比率が著しく高い企業については新規借入を抑えようとするという最適資本構成の理論を支持する結果や、転換社債による資金調達が、株価が市場対比で上昇したときに選択されやすいという「マーケット・タイミング仮説」と整合性のある結果が得られている。細野・滝澤・内田・蜂須賀(2013)は、1990年代以降の日本企業を対象として、非上場企業の新規株式発行、上場企業の株式発行および社債発行による資金調達手段の決定要因を分析し、資金調達後の行動についても考察している。分析の結果、時価簿価比率およびレバレッジ比率の高い企業は株式発行割合が高いことが示されており、このことは、「マーケット・タイミング仮説」、「最適資本構成の理論」、「ペッキング・オーダー理論」を支持するものであるといえる。また、売上高伸び率および債務不履行確率の高い企業は社債発行割合が高いことが示されており、「銀行によるホールドアップ問題」と整合的である一方、銀行の「再交渉仮説」は支持しない結果となっている。 ファイナンス 2019 Nov.63シリーズ 日本経済を考える 94連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#67

このブックを見る