2019年11月号 Vol.55 No.8
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た後、企業の資金調達行動に関する既存の実証研究のサーベイを行う。第3節では、2000年代以降の日本企業の資金調達行動について実証分析を行い、既存の理論仮説との整合性を検証する。第4節は本稿のまとめである。2.企業の資金調達に関する研究の動向2-1.理論仮説企業が資金調達手段を選択する動機については、複数の仮説が存在する。例えば、前述した「最適資本構成の理論」によると、負債比率の上昇に伴うトレード・オフの存在により、企業は最適な負債比率を選択する*5。具体的には、企業が過度な負債を負う場合、倒産に至る可能性が高まるが、仮に企業が倒産したとすると倒産処理コストや取引条件の悪化などのコストが発生する。つまり、負債利子の税控除による節税効果と、過度な負債依存が倒産リスクを高めることによって生じるデフォルト・コストを比較し、負債比率が最適水準よりも高くなると企業は株式での資金調達を行い、負債比率が最適水準に達するまでは負債による調達を優先するのである。企業の株価が上昇すると、必然的に時価ベースのバランスシート上の負債比率は低下するため、「最適資本構成の理論」に従えば、企業が最適な負債比率を維持するためには負債を増加させるか、株式数を減少させる必要がある。しかしながら、仮に企業が、一時的な株価の高低を利用して便益を得ようとするのであれば、株価が上昇し、ファンダメンタルズ価格を上回っている局面で、むしろ株式を新規発行することにより、新規株主を犠牲にしつつ、既存株の価値を高めることができるため、このような行動をとる企業も想定される。Baker and Wurgler(2002)によると、こうした行動は「マーケット・タイミング仮説」に基づいた行動と呼ばれる。「モディリアーニ・ミラー理論」が前提とする完全市場においては情報の非対称性が存在しないとされる*5) Krasu and Litzenberger(1973)*6) Diamond(1984)*7) Sharpe(1990)が、実際の市場においては、例えば投資家と経営者の間には情報の非対称性が存在し、それに起因してエージェンシー・コストが発生する。Myers and Majluf(1984)によると、企業は各資金調達手段の利用に優先順位を定めており、ある手段での調達を限界まで進めた後、それでも資金が不足する場合に次の手段を選択するとされるが、これは、「ペッキング・オーダー理論」と呼ばれ、投資家と経営者の間に生じるエージェンシー・コストが低い順、すなわち、内部留保、借入、社債、株式、の順に資金調達を行う。これについて詳述すると、まず、内部留保に関しては経営者が最も自由に利用できることから、エージェンシー・コストが最も低くなる。次に、株式や社債に投資する投資家よりも銀行の方が企業のモニタリングに優れているため、情報の非対称性にかかるコストが低いと考えられ、銀行借入が優先される。株式や社債の発行には、手数料などの費用が発生することも理由に優先度が低くなると考えられる。前述したように銀行は一般的に、投資家よりも企業に対するモニタリング機能に優れているとされる。企業が実行しようとする投資に関する情報が貸し手に充分伝えられない情報の非対称性が存在する場合、企業は貸し手からの資金調達が困難になると予想されるため、情報の非対称性が大きい企業は銀行から借入を行い、非対称性の小さい企業は公開市場から調達を行うと考えられる*6。この、情報の非対称性によって発生するエージェンシー・コストを引き下げる働きは、銀行が持つ重要な役割の一つであるといえる。一方で、銀行によるモニタリングは企業にとって不利益にもなりうる。通常銀行は与信管理を行う上で借り手に対するモニタリングを行うが、銀行がモニタリングによって得た情報を独占することで借り手に対する交渉力を強め、借り手の超過収益を奪う可能性が考えられる*7。これは、銀行によるホールドアップ問題と呼ばれ、成長機会豊富な企業には銀行への超過収益分配を避けるため、他の資金調達手段を選択する動機があると考えられる。また、経営者が私的便益を追求しつつも、株式価値 ファイナンス 2019 Nov.61シリーズ 日本経済を考える 94連載日本経済を 考える

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