2019年11月号 Vol.55 No.8
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過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html企業の資金調達手段選択に関する諸議論財務総合政策研究所 研究員佐野 春樹*1シリーズ日本経済を考える941.はじめに企業の資金調達行動は変化している。日本企業は伝統的に、資金調達手段を銀行借入に大きく依存していると考えられてきたが、特に1980年代以降に行われた金融規制緩和の影響は大きく、例えばShirasu and Xu(2007)によると、金融規制緩和に伴い社債発行による調達が増加したことが指摘されている。その一方で、銀行を中心としたメインバンク制には、情報の非対称性によって発生するエージェンシー・コスト*2を引き下げる役割があると考えられており、Hoshi, Kashyap and Sharfstein(1993)は、1980年代以降に銀行依存度を低下させた結果、企業の資金制約の程度がむしろ強まったことを報告している。結局のところ、企業はどのような要因に従って資金調達手段を選択しているのだろうか。いわゆる「モディリアーニ・ミラー理論*3」によると、税金や倒産の可能性がない完全市場のもとでは、資本と負債の間の選択は企業価値に影響を与えないとされ、どの資金調達手段を選択するかは企業のコストにとって無差別となる。したがって、この場合、企業価値を最大化する最適負債比率は存在しないことになる。しかしながら、実際の金融市場においては税金や*1) 本稿の執筆にあたっては、佐藤栄一郎氏(財務総合政策研究所総務研究部総務課長)、西畠万季人氏(同研究所主任研究官)をはじめ、多くの方から貴重なコメントをいただいた。ここに記して深く感謝の意を表したい。なお、本稿の内容や意見はすべて筆者の個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではなく、本稿における誤りはすべて筆者個人に帰するものである。*2) 企業や消費者、あるいは資金の貸し手と借り手などがそれぞれ自分にしかわからない情報を保有している場合、情報の非対称性があるという。また、一般に、投資家と企業の経営者は、「依頼人」と「代理人」の関係にあるが、代理人である経営者は必ずしも投資家の利益のためではなく、自身の利益のために行動する可能性がある。これは投資家が経営者の行動を完全には把握できない、情報の非対称性に起因する。こうした「依頼人」と「代理人」という構造に付随するコストをエージェンシー・コストと呼ぶ。メインバンクには、企業に対するモニタリングによって、エージェンシー・コストを引き下げる機能があるとされる。*3) Modiliani and Miller(1958)*4) Krasu and Litzenberger(1973)倒産などといったさまざまな市場の不完全性が存在する。この不完全な市場の下では、企業は、負債利子による節税効果を求めて負債を増やそうとするモチベーションと、負債比率の上昇に伴って倒産リスクが高まる危険性を考慮しつつ、企業価値を最大化する資本構成を目指すこととなる。このようなトレード・オフの存在により、企業は最適な負債比率を選択するという考え方を、「最適資本構成の理論(資本のトレード・オフ理論)」と呼ぶ。「最適資本構成の理論」に従えば、負債比率が最適水準よりも高い企業は新規借入や社債発行を抑え、株式発行での資金調達を行うことで、負債比率の最適水準に向けて調整を行うと考えられる*4。この「最適資本構成の理論」をはじめとして、企業の資金調達手段の選択についてはいくつかの代表的な仮説が存在し、その実証分析も行われてきた。本稿ではこうした理論仮説および実証分析のサーベイを行うとともに、2000年代以降の日本企業の資金調達行動を対象とした実証分析を行い、既存の理論仮説との整合性を検証することを目的とする。本稿の構成は以下の通りである。次節では、まず、前述した「最適資本構成の理論」に代表される、企業の資金調達手段選択に関する理論仮説について整理し60 ファイナンス 2019 Nov.連載日本経済を 考える

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