2019年11月号 Vol.55 No.8
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第二章は、「競争政策の展開」についてである。政策の当事者が執筆している本書は、様々な政策について、幅広く紹介している。具体的には、競争政策における4つのツール、すなわち、カルテル・談合、私的独占、不公正な取引方法、企業結合について、順次、解説していく。合わせて、執行状況について、主だった事件や判例などが示されている。後述するが、第三章では、デジタル分野について、日欧米の事例も示されている。その上で、独占禁止法改正など、制度の新たな動きについても、第三章などで、紹介している。第二の特色は、著者は、政策の立案責任者として、制度改正も含めて、政策全般を分かりやすく、同時に執行責任者であるため、政策と執行を表裏一体のものとして実践的に、解説していることである。第三章は、「デジタル時代の競争政策」についてである。「経済活動のグローバル化」を踏まえ、競争規律の国際標準化などを紹介してから始まり、「経済のデジタル化と競争政策」に入る。デジタル経済の恩恵が人々にもたらされるように、イノベーションを妨げる反競争的行為に厳正に対処したいという著者の強い意思と、公正取引委員会の毅然たる姿勢が感じられる。特定のプラットフォームに利用者が集中し、寡占・独占が生じやすいというオンラインプラットフォームの特徴などに触れた上で、競争政策上の対応を具体的に述べている。政府は、「『令和』新時代:『Society 5.0』への挑戦」として、成長戦略を進めている。その中心となるデジタル経済に関する政策は、相当部分が公正取引委員会の競争政策となっている。「データ」については、その価値の高まりに応じて独占禁止法上の対応を整理している。デジタル分野において、「Amazon」、「Apple」、「Airbnb」の事例など、積極的に厳正な法執行を行っている。更に、「個人情報」についても、消費者との間の取引における優越的地位の濫用規制として、踏み込むこととしている。このほか、働き方の多様化に応じて、人材についても、採り上げている。芸能界関係での報道が多かったが、個人として働く「フリーランス」や、新たな就業形態を伴う「シェアリングエコノミー」は、時代の流れの中で、様々な分野で重要になりつつある。第三の特色は、デジタル経済の特徴や急激な変化、それに対する現在進行形の政策対応を、政策の当事者の目線で描き出し、まさに時宜に適った内容となっていることである。第四の特色は、以下のように、著者の深い識見が、次々に登場することである。「はじめに」では、「競争」に対する考察が行われている。福沢諭吉が「competition」を「競争」と翻訳した。「争」という字の存在が「弱肉強食」といった印象を与えがちだが、「competence(能力)」から考えれば、「競争という言葉の本来の意味合いは、競うことを通じてそれぞれの能力を磨き上げ、共に向上させること」という、著者の考え方が示されている。「おわりに」では、競争政策は、「自由」と「公正」の価値を実現しようとするものである。デジタル経済は急速に変化している。制度的対応は、実現までに時間を要し、変化の流れに棹をさすおそれもある。このため、デジタル経済において、「自由」と「公正」の価値を実現するためには、まずは競争政策で対応する必要があるとする。デジタル時代の必読の書最後に、本書の中では、デジタル時代の競争政策に留まらず、日本経済の構造変化やイノベーションに対する鋭い洞察、競争政策のラインナップに関する分かりやすい説明や競争に対する深い識見も、含まれている。日本経済を考えたい方々や、競争政策全般を学ぼうとしている方々にも、おすすめの書である。更に、財務省との関係においても、「競争とデジタル経済」は、「デジタル課税」とともに、2019年のフランス・シャンティイでの「G7財務大臣・日本銀行総裁会議」でも、採り上げられた。EUでは、競争政策もデジタル課税も、デジタル政策として推進されており、財務省関係者には、こうした観点からも、おすすめの書である。今後も、デジタル経済や競争政策に関するニュースは、数多く出てくると考えられるが、その本質的な意味を理解しようとする上で、本書は大いに助けになる。本書は、まさに時宜を得て出版されたものであることから、デジタル時代の競争政策に関心のある全ての人に是非一読を勧めたい。 ファイナンス 2019 Nov.49ファイナンスライブラリーライブラリー

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