2019年11月号 Vol.55 No.8
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巻頭言『ジェネラティビティと子供の未来』――すべての子供が輝く場所をAgentic LLC 代表ジュンコ・グッドイヤー私は現在、アメリカでマーケティングやブランディングのコンサルテーションや企業の日米事業進出を支援する会社を経営する傍ら、ワシントン州の非営利団体「キットサップ・チルドレンズ・ミュージカルシアター」の理事を務めている。このNPOの理事を引き受けた時に真っ先に頭に浮かんだのが、当記事のタイトルにあげた「ジェネラティビティ」という言葉だ。これはアメリカの発達心理学者、エリク・ホーンブルガー・エリクソンが生んだ造語で、Generate(生み出す)とGeneration(世代)を掛け合わせ、「次世代が価値を生み出す行為に積極的に関わっていくこと」を意味する。「人生の折り返しを過ぎたら、次世代に何かを紡ぐ活動をしたい」と思っていた私にとって、この劇団の理事就任は運命的なものだった。劇団は地元では20年以上続く老舗の団体だ。常時5歳から18歳までの子供が170人以上、大人のボランティアが200人以上所属する大所帯。ショーにはオーディションもあるが、配役から漏れても参加した子供たちを全員舞台に立たせている。子供たちは誰もが必死だ。だから舞台の完成度もかなり高い。頑張る彼らを、大人と地域が全力で支えるのだ。なかにはハンディーキャップがある子供もいる。車いすの子供や、耳や目が不自由な子供。ガンに侵された少年がオーディションを受けたこともあった。しかし、劇団はそうした子供たちを決して置き去りにしない。何らかの役を必ず与え、誰もがスポットライトの下で自分を表現する機会を用意する。ティーンエイジャーたちが、自主的に小さな子供たちを支えているという点も組織の特徴だ。中高生が小さな子供の宿題を見てあげている姿も、演技が上手くできない後輩たちのために必死にサポートし、励まし続けているのも、ここでの日常の光景である。ショーの宿命上、舞台は必ず幕を閉じる。しかし誰もが誰かを支えながら、ひとつのプロジェクトを成し遂げる経験は、舞台が終わっても子供の心から消えることはない。最初から終わりが来ると分かっていることに「全力投球」することの素晴らしさと、何かが終わる時の「ほろ苦さ」を学んだ子供たちにとっては、終わりは始まりなのだ。そうした「場」で自分を信じることを学んだ子供は、やがて社会のリーダーに育っていく。劇団卒業生の中には、耳が聞こえないハンデを乗り越えて、地元シアトルのIT企業の役員になった人、政治の道に進み、世の中を変える活動を続けている人もいる。2018年の1月に理事に就任してから、もうすぐ満期の2年。私はこの劇団の、移民かつ非白人で初めての理事だ。社会の「多様化」を重んじるようになった劇団が、文化的背景等の違いを強みとして理事に迎えてくれたことに、とても感謝している。アメリカにおいて、マイノリティであることの意味は、非常に大きい。多くの子供を率いる団体の理事をしているおかげで、地元大手企業や市・州政府の会合に出席することも増えたが、マイノリティだからこそ様々な場所で発言を求められ、役立てることがあるとも実感している。様々な背景の人たちが発言し合わねば、国を越えて共存できる真の未来の社会創造は叶わないだろう。多くの奇跡が生まれる劇団で私が確信したことは、「何があっても子供たちが未来に希望を見出せることこそ、大人の責任である」ということ。「次世代のために、私たちが今なにをすべきか」、これからはアメリカだけでなく、日本の未来の子供たちのためにも、活動をしていきたいと思っている。ファイナンス 2019 Nov.1財務省広報誌「ファイナンス」はこちらからご覧いただけます。

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