ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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なるか、特別な奨学金でももらわない限り、働くか借金しなければならず、学振をもらうと学費を払えと言われ、余計回らなくなります。負担に耐えかねて海外の大学への人材流出が生じています。結果的に、このような歴史的な技術革新期でありながら、科学技術を生み出す最も中心的な人材である博士課程取得者の数が減るという世界の主要国でも異例な状態になっています。ウ.必要と考えられるR&D強化策必要と考えられるR&D強化策について考えてみます。●初等・中等教育AI-readyな人材を生み出すべく初等・中等教育を刷新しなければなりません。特に国語は刷新した方がいいでしょう。慮りの力を育てる前に、論理的に物を考える、分析的に人に伝える、ということを育てる必要があります。データ×AIについては単なるリテラシーになるので、理文に関わらず統計数理、線型代数、微積の基礎を道具として教えておかないといけません。これらの上で、これからの妄想力の時代に従った教育をやってほしいのです。さらに言うと意味や価値を感じる力の時代に向けた教育が必要です。マシンとしての育成は価値を生み出す力を削ぐのでやめていただきたいと思います。加えて、教員も含めて社会人のスキル再生の仕組みは絶対に必要です。このように変化が激しく、かつ長生きする時代に若いときに受けた教育だけで残りの人生を乗り切ろうとする、社会で意味のある人材であり続けるのは非現実的です。●高等教育や科学・技術開発高等教育や科学・技術開発について言うと、基礎予算を削って戦略予算とするというのはもうやめたほうが良いでしょう。賃金が削れないため、これをやると人員削減、年金のいらない契約に書き換えるといった苦痛度の高い選択肢しか残りません。限られたリソースであり、社会の宝というべき大学の教員・研究者が雑用まみれになるだけです。主要な研究者の待遇を世界水準に上げないと、このままでは本当に日本にはB級の教員、B級の大学院生しかいなくなります。R&Dをしっかり行うには、結局Ph.D.レベルの訓練を経た自立的にR&Dを推進できる人材が重要であり、米国などと同様のPh.D.養成グラントなどが重要になります。エ.リソース配分を過去から未来へ一般会計予算と社会保険料を統合して見ると、170兆円とかなりの規模となっており、この国にお金がないわけではないことが分かります。しかし、その内訳を見ると、真水というべき通常の国家予算が26兆円程度しかありません。社会保障費が120兆円近く存在し、70兆円前後の社会保険料とその運用益ではまかないきれていないからです。すなわち国家功労者である引退層(高齢者)に費やす費用と過去の社会保障費の残債(国債)の支払いが重過ぎる。言い換えればレガシーコストであるシニア層と過去への支出が大半であることが大きい。一方で、未来を担う層は、全く良い思いをしていません。結果、待遇の差が生まれ育ちで決まってしまう社会になりつつあり、半ば江戸時代に逆戻っている大変残念な状況です。人材モデルが昔のままであること、歯止めの効かないシニアへの支出のために未来と成長に向けたリソースを充てることができていないこと、こうしたことが原因となって、日本では負のサイクルが働いています。結果的にこの時代に必要な人材も全く足りていないし、生まれるべき産業も生まれない。これを逆にして、人材モデルを刷新するとともに、過去とシニア層への恩義を尽くしながらも、あらゆる知恵を絞って支出をリーン(lean)にし、未来に向けてリソースを充てるべきです。(2)運用基金Endowmentの構築米国の主要大学は、東京大学を1とすると300とか700とかという途方もないような規模の基金を運用しています。だからこそ安定的な運用益を生み出すことができ、これがそれぞれの大学の収入の最大要素になっています。日本も国家百年の計の観点から、国家レベルの運用基金Endowmentを構築しましょう、というのが私の提案です。すなわち、トップ研究大学及び主要国研に70 ファイナンス 2019 Oct.連載セミナー

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