ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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水準をトレンドで伸ばすのではなく、将来の戦略を前提としたキャッシュフローを描いて、負債をどのくらいまで減らすべきなのか、というようなことを考えていました。債権者からすると、債務者には高く売れるものはなるべく高く売ってもらい、返せるものはなるべく多く返してもらう、そして、すぐに損を確定したい、という気持ちになるものです。しかし、そこは少し我慢していただく。その代わり債務者にはビジネスを継続してもらうことによって、将来的には、より多くの負債を返すことができるような努力をしてもらうということになります。4年間の産業再生機構の活動を通じて、こうしたことも一般化していったと思います。例えば、私が取り組んだ日本で最初のバス会社の再生事例について申し上げます。この会社はバス事業以外にも様々な事業をやっていました。普通に考えれば、赤字かつ将来性のない事業は止める、ということになると思います。しかし、この事案では、バス事業自体は赤字なのですが、それも残すことにしました。それは、なぜかと言うと、地域の皆様からの信頼は、バス事業をやっていることから来ていて、それがこの会社の競争力の源泉とも言えると判断したからなのです。(3)組織改編の要諦私が事業の再生に取り組む中で、組織改革を見てきた経験で申し上げたいのですが、組織改革の要諦として4つのことを挙げたいと思います。ア.タイミングを逃さない1点目は「タイミングを逃さない」ことです。何か危機が訪れたときに、そのタイミングを活かして組織改革を進めていくのです。・改革の全体像と将来の姿をスタート時に示す改革の全体像と将来の姿を最初に示すことが大事です。そうでないと、社員は報道から受ける情報だけを見て、この先どうなってしまうのだろうという不安ばかりが募ってしまいます。そのことで業務上の問題が起こってしまってはいけません。・痛みを伴う施策は一度で終わらせる事業売却や人的リストラといった痛みを伴う施策は可能な限り一度で終わらせるのが望ましいです。当たり前のようですが、これができる組織はなかなかありません。多くの企業は少しずつ切ってしまうのです。大切な社員たちのために何とかしてやりたいという経営者の心情も分かりますが、そうすると次は自分たちの番かもしれない、と人材が流出してしまったりします。・各利害関係人との関わりを正常化する歴史ある企業ほど、地域に工場や店舗を持っていることがあります。例えば、「この店舗は売上不振のため閉店します。」ということになると、地元の方々から「閉店しないでほしい。」というご意見が寄せられます。こういった地域との関係が絡み合うことによって、身動きが取れなくなってしまうこともあります。会社が破たんした機に事業の観点から見て正常化すべきものは正常化する。もちろん理屈だけでやり切れない、ドライにできない部分もあるのですが、地域等への配慮も最大限持ちながら可能な限りする、というのが重要です。・大転換はその年度内に行う仕組みを変えるためには、それに関わる社員の頑張りも必要となるわけですが、毎日帰りが遅くなっているのを見た経営者が「毎日残業でかわいそうだから、これはやらなくてもいいのではないか、来年に回そうか。」などという気持ちになってしまうことがあります。また、事業の売却などでは担当している人たちのがっかりした様子を見ると、「では、あと1年様子を見てみようか。」となったりするのです。しかし、会社の状況が良くない時に中核でない事業に対して追加の人材や資金をかけることはできないのです。1年間様子を見ると言われて、経営資源配分がないのに1年以内に見事なものに仕上げることができる事業はほとんどありません。そうすると、1年経ってさらに傷んでしまった状態でそれを売却することになり、買い手からは買い叩かれます。まだポテンシャルを感じられる1年前だったら良い条件で買収されたかもしれない。そうすれば、買収された後にリストラなどされなくて済んだかもしれません。「ダメかもしれない事業ですがどなたかお引き受けください。」ということでは、「買ってあげるけれど、人員は半減ですよ。」などと売却した相手から言われても、売り手は抵抗することができず、却って社員に気の毒なことになりかねません。 ファイナンス 2019 Oct.57夏季職員トップセミナー 連載セミナー

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