ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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とられることもできる(国債市場の流動性については服部(2018)を参照されたい)。Hattori(2019b)は上記の問題意識を踏まえ、初めて実証的に流動性供給入札の評価を行った研究である。日本国債については年末の国債発行計画によりおおむねその発行量が定まるほか、流動性供給入札については事前に発行量やスケジュールがアナウンスされる。Hattori(2019b)ではこの特徴を実証上の識別に用い、流動性供給入札が国債市場の流動性の改善へ寄与したことを指摘している。先進諸国ではリオープンを実施しており、我が国の流動性供給入札もその枠組みとして整理することもできるが、流動性供給入札は、対象年限が多いなどその他の先進諸国のリオープンには見られない特徴を有する*41。それゆえ、筆者は同制度が先進諸国やアジア諸国などにとって今後、活用の余地がある政策ではないか、と考えている。5.おわりに本稿ではイールドカーブの決定要因に関して主に、純粋期待仮説、流動性プレミアム仮説、市場分断仮説という点にフォーカスして概要を説明した。我が国については長期国債を直接コントロールする政策や新型オペ(指値オペ)の導入など新しい政策がとられている。金融危機以降、日銀にとどまらず、中央銀行による大規模な資産購入やマイナス金利政策など、新しい政策がとられたことから理論・実証研究が大幅に進んでおり、イールドカーブに関する研究はこれまでにない広がりを見せているといえる。また、金融危機やLIBOR不正問題等を受け、金融*41) 流動性供給入札に類似する制度は、フランスやイギリスなどでも存在している点には留意が必要。たとえばフランスには市場参加者へのヒアリングをベースに債務管理当局が入札の候補となる銘柄を決定し、その銘柄に対して入札を実施するという制度がある。*42) 例えば、Jermann(2019)などを参照。*43) 金利スワップのペイ(レシーブ)は固定金利払い・変動受け(固定金利受け・変動払い)を指す。例えば、10年の金利スワップをペイ(レシーブ)するとは、10年間、固定金利を払い(受け)、変動金利(典型的には6か月円LIBOR)を受ける(支払う)ポジションである。一方、国債を保有する場合、固定金利を受ける一方、調達コスト(典型的にはレポ・コスト)を支払うため、国債のロングは固定金利・変動払いと解釈することができる。金利スワップについては、杉本・福島・若林(2016)などを参照。規制が大幅に変化したことも債券市場に多大な影響をもたらした。国債と関係性が強い金利スワップについては、国債金利とスワップレートのスプレッド(いわゆるアセットスワップ・スプレッド)がマイナスになったことなど*42について膨大な研究が進んでいる(アセットスワップについてはBOX 3を参照)。また、為替スワップや通貨スワップは外国人投資家による日本国債への投資という観点で円債との関係が強いが、金融危機以降、国際金融のテキストで長年成立されていると説明されていたカバー付き金利平価が成立していないという指摘がなされており、これについても近年の金融規制の影響が大きい(近年の為替スワップや通貨スワップの動きについては服部(2017)を参照)。最後に筆者がペンシルベニア州立大学の吉田二郎准教授と行った日銀によるイールドカーブ・コントロール政策についての研究を紹介したい。雨宮(2017)が指摘しているとおり、日銀の現在の政策は1940年代に米国で実施された国債価格支持政策と一定の類似性を持っている。Hattori and Yoshida(2019)はこの点に着目し、米国での既存学術研究をベースに日本のデータを用いて検証を行っているが、学術的な実証分析という観点でも日本の金融政策は1940年代の米国との類似性をもっており、雨宮(2017)と整合的な結果を得ている。既存研究に対する筆者らの新規性は1940年代の米国に対して、より質の高いデータを用いて指値オペを評価している点などである。同研究は筆者らが知る限り、日銀によるイールドカーブ・コントロール政策についての最初の学術研究であるが、今後我が国に関する研究がますます必要になると考えられる。BOX 3 アセットスワップとはアセットスワップとは「国債のロング(ショート)」と国債と同年限の「金利スワップのペイ(レシーブ)」*43を同時に行う投資行動であり、パッケージ商品としても流通している。国債と金利スワップはそれぞれ需給構造などに違いがあるものの、非常に類似性が高い。「金利スワップのペイ(レシーブ)」と ファイナンス 2019 Oct.51シリーズ 日本経済を考える 93連載日本経済を 考える

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