ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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いるイメージである)。一方、すべての年限を横断的に投資するアービトラージャーが存在するが、その投資行動に一定の制約が課されていると想定する。その結果、投資する年限に制約を持たないアービトラージャーがイールドカーブ全体で裁定行動をとるため短期と長期の国債は関係性をもつ。もっとも、彼らの裁定行動に制限があることから、特定の年限を選好する投資家の投資行動がイールドカーブに影響を与えうる。なお、投資家が国債に対して、金利以外の特別な需要を持つことを議論する研究も少なくない。例えば、Krishnamurthy and Vissing-Jorgensen(2012)は、流動性や安全性という観点で国債は貨幣の代替としての機能が大きく、通常のアセットプライシングのモデルではなく、需給を重視した分析を行っている。国債が安全な運用機会を与えているだけでなく、そのほかの機能を提供していることを学術研究で「コンビーニエンス」と呼ぶことがある*36。しばしば市場参加者が「国債の担保需要」*37という表現を使うこともあるが、この場合も金利以外の要因で国債が需要されることを指している。4.2 日本のおける実証研究4.2.1 ミクロデータを用いた市場分断仮説の検証最後に、筆者が行った市場分断仮説の2つの研究の紹介を行う。これまで日本のデータを用いて市場分断仮説を検証した研究は複数存在するが*38、Hattori(2019a)は初めてミクロデータ(国債の証券レベルのデータ)を用いて市場分断仮説を検証した。日銀は量的・質的金融緩和(Quantitative and Qualitative Monetary Easing, QQE)以降、年間80兆円近い国債を購入しており、この大規模な購入を国債価格に影響を与える需要要因ととらえることが可能である。特に、日銀の資産購入は他国の中央銀行よりその規模が大きいことから、日銀の購入以外の需要要因は相対的に小さく、市場分断仮説の検証により適した側面を持っている。筆者は日銀が「5-10年」など年限を*36) 福田・齋藤・高木(2002)は1990年代後半の日本国債のコンビーニエンスについて分析を行っている。*37) 国債の担保需要については、「第47回 国の債務管理の在り方に関する懇談会」における「国債市場の現状と国債への投資環境」などを参照されたい。*38) Fukunaga et al.(2014)、須藤・田中(2018)、宇野・戸辺(2019)などを参照。*39) オペレーションの当日、購入金額が変化する可能性については変数を追加することで対処している。*40) 日銀による補完供給オペについてはHattori(2019c)、源間・稲村(2019)を参照されたい。なお、1990年後半における短期金利と準備預金残高の流動性効果についての分析についてはHayashi(2001)、Uesugi(2002)などを参照されたい。区切って購入することに着目し、日銀のオペレーションの対象銘柄が、対象外の銘柄に対して、有意な影響をもたらしているかを検証した。因果推論を行うため、計量経済学上の工夫が必要であるが、筆者はオペレーションが事前にアナウンスメントされる期間にしぼって分析を行うことで因果関係の識別を行っている。2017年3月以前は当日にオペレーションの有無が発表されていたが、2017年1-2月の市場の乱高下をうけ、それ以降は事前にどの年限の国債にオペレーションがあるかが公表されている。それゆえ、2017年3月以降であれば、日銀が当日の相場に反応してオペレーションを実施することは難しかったと考えられる*39。筆者の推定結果は、日銀のオペレーションの対象となった銘柄に対する有意な効果はあるものの、オペレーションの対象になった銘柄が他の銘柄に比して価格が十分に上がったかというと、その値上がり幅は相対的に小さいというものである。その一因として、米国のFRBがQEを行った金融危機以降に比べ、日銀がQQEを実施している期間は、多くの投資家が裁定行動を行いやすい投資環境にあったことから、仮に日銀が5-10年といった特定の年限を購入したとしても、機関投資家により1-5年などの国債へ投資する行動がとられるなどの裁定が働いていたこと等が考えられる。4.2.2 流動性供給入札の効果筆者が市場分断仮説との観点で注目した制度は財務省が実施する国債の流動性供給入札である。流動性供給入札とは、構造的に流動性が不足している銘柄や、需要の高まり等により一時的に流動性が不足している銘柄を追加発行する制度である。流動性を改善させる政策としては、中央銀行を中心に行っているレポなどがあるが*40、我が国の場合、各国と同様、財務省が実施するリオープン制度の充実に加え、流動性供給入札も実施している。流動性供給入札は、残存1~5年・5年超15.5年以下・15.5年超のゾーンごとに国債供給を行う施策であることから、市場分断仮説の文脈で50 ファイナンス 2019 Oct.連載日本経済を 考える

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