ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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なお、アフィン型モデルの良い点は線形の形で表現できるだけでなく、カルマン・フィルタなどを用いれば簡単に推定できる点も指摘できる。アフィン型モデルについてより詳細に知りたい場合は、Gürkaynak and Wright(2012)、Diebold and Rudebusch(2013)、紅林(2007)、菊池(2010)などを参照されたい。*34) 英国国債の需給や年限については中対・村田(2018)が包括的な分析を行っている。*35) Hayashi(2018)はVayanos and Vila(2009)の離散型モデルについて分析している。4.市場分断仮説4.1 市場分断仮説とは市場分断仮説とは、年限ごとに異なる投資家が存在しており、年限間の市場が分断していることから、投資家の需給がイールドカーブに影響を与えるという理論である。日本についていえば、リスク管理の観点で、預金で資金調達を行う銀行は比較的短い国債を保有する一方、生命保険契約が負債サイドにある生命保険は比較的長い国債を購入する傾向がある。新聞記事やアナリストのレポートなどをみると、銀行や生保の投資行動により相場が説明されることが多いが、暗黙のうちに市場分断仮説が想定されている。学術研究では、特定の年限に投資する投資家を特定期間選好(Preferred-habitat)と呼ぶことから、市場分断仮説(market segmentation)より特定期間選好仮説(Preferred-habitat theory)と呼ばれることのほうが多い。需給に基づいた金利動向の説明は市場参加者の中で幅広く用いられているものの、学術研究では最近まであまり人気のない学説であった。もともと、古くはModigliani and Sutch (1966, 1967)が、市場が分断化される中で投資家は特定の年限の債券へ投資することで、金利は特定年限の需要と供給によって定まるという議論を展開した。この学説が最近まで学術研究で人気がなかった理由は大きく分けて2つある。一つは、もし仮に市場が分断していたとしても、その市場を横断できる投資家が十分にいれば特定の年限を需要する投資家の投資行動が大きな影響を及ぼさない可能性があるためである。もう一点は、1960年代にFRBが短期金利を上昇させ、長期金利を低下させるというオペレーション・ツイストを実施したが、その効果について学術研究の見方は否定的であったことが挙げられる。近年、市場分断仮説が活発に分析されているが、その背景には、2000年以降、投資家の需給がイールドカーブに影響を与えるとする実証研究が出てきたことがある。例えば、2000年から2001年にかけて米国財務省は長期国債の買入を実施したが、Bernanke et al.(2004)はこのオペレーションがイールドカーブに影響を与えたことを議論した。また、英国では特に長い期間の国債が発行されていることが知られているが、Greenwood and Vayanos(2010)は英国の超長期債の金利が低く推移している理由として、年金による特別な需要という観点で議論を行っている*34。リーマン・ブラザーズの破綻を発端とした世界金融危機以降、多くの中央銀行が量的緩和政策(Quantitative Easing, QE)を行ったことは市場分断仮説の実証を行う上で恰好の材料を提供した。中央銀行による大規模な国債購入は、市場分断仮説の中で特定の投資家の需要として評価可能である。量的緩和政策を利用した実証研究は、まずはFRBを対象にすすめられた後(Hamilton and Wu(2012)、D’Amico and King(2013)など)、QEの実施が相対的に遅れた欧州中央銀行(European Central Bank, ECB)による資産購入の評価がなされた(Eser and Schwaab(2016), Schlepper et al.(2019)など)。市場分断仮説については、このような実証研究が進む一方、理論研究の発展も著しい。特にこの分野で重要な研究はVayanos and Vila(2009)およびGreenwood and Vayanos(2014)による研究である*35。これらの研究では政府、特定の年限を選好する投資家、アービトラジャー(裁定を行う投資家)の3タイプの主体を想定する。政府は国債を発行する一方、投資家は特定の年限の国債を需要する(これは銀行が短い国債を購入し、生保が長い国債を保有することをモデル化して ファイナンス 2019 Oct.49シリーズ 日本経済を考える 93連載日本経済を 考える

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