ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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いることを意味している。マクロ変数をファクターとして取り扱うことで、イールドカーブがマクロ経済の変動によって変動することを可能にするというメリットがある一方で、潜在変数のみを用いたモデルに対してモデルフィットが高くないという問題点を有する。この問題に対し、Ang and Piazessi(2003)はマクロ変数と潜在変数の両方をファクターに含めた分析を行っている。同研究では、米国債のデータを用い、金利の期間構造を表現する3つの潜在変数に加え、インフレや実体経済の変数を取り込んだモデルになっており、イールドカーブの短期部分の変動はマクロ・ファクターが8割程度説明するのに対して、長期債では4割程度にとどまることを指摘した*29。日本のデータを用いたターム・プレミアムの研究については、菊池(2010)が潜在変数のみに基づくKim and Wright(2005)をベースに、「短期金利の期待値の平均」と「ターム・プレミアム」に分解している。具体的には、長期金利では米国債に比して、日本国債についてはターム・プレミアムによる割合が大きい点や、日本のターム・プレミアムは株価収益率の上昇(低下)に伴い上昇(低下)する傾向を指摘している。もっとも、前述のとおり、ターム・プレミアムの推定結果は想定しているモデルによって変化する点に留意が必要であり、我が国についてはゼロ金利制約について考慮する必要もある。例えば、一上・上野(2013)はゼロ金利制約を考慮していないアフィン型モデルにおいて、推計バイアスが生じる点を指摘している。我が国のデータを用いたマクロ・ファイナンスの研究についてはOda and Ueda(2007)が1999年以降の日銀によるゼロ金利コミットメントおよび量的緩和が日本の中長期金利に及ぼした効果を分析している。*29) 同論文の著者であり、近年、コロンビア大学から大手運用会社であるブラックロックへと転身をしたアンドリュー・アング氏は、「多くのマクロ・ファイナンスの文献は、Ang and Piazzesi(2003)の影響を部分的にうけており」、「博士課程の学生だった時にこの論文の最初の草案を書いたが、当時はこれほど多く引用されるとは思いもよらなかった(我々は非常に幸運だった)」とコメントしている。Ang(2014)より抜粋(邦訳はアング(2014)の和訳を参照)。*30) https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921b.pdfを参照。*31) 主成分分析とは多変数が共通して持つ要素を合成変数として集約する統計的手法である。ネルソン・シーゲル・モデルと主成分分析の違いは、ネルソン・シーゲル・モデルはBOX2に記載されるような特定の関数形に基づく一方、主成分分析では特定の関数を用いず、統計的手法で共通要因を抽出しているイメージである。ネルソン・シーゲル・モデルで想定する関数形は様々な望ましい性質を持つが、詳細はDiebold and Rudebusch(2013)などを参照。具体的には、マクロ・ファイナンスのモデルを用いて、金利を期待仮説部分とリスク・プレミアムに分解するとともに、ゼロ金利コミットメントを通じて、中長期金利を抑制する機能を果たして来た点等を指摘している。藤井・高岡(2007)はネルソン・シーゲル・モデルを用いて日本のイールドカーブを「水準」、「傾き」、「曲率」の3要素に分解したうえで、マクロ変数との関係性について分析している。市川・飯星(2011)はAng et al. (2006)のマクロ・ファイナンスのモデルを改良し、日本の景気一致指数の予測精度の向上が図れるとしている。アフィン型モデルについては実務の現場で用いられることも少なくない。例えば、財務省が発行する「債務管理リポート 2015」のコラムにおいて、年限ごとの需給バランスを定量的分析するためにネルソン・シーゲル・モデルを用いた分析を紹介している。具体的には、同モデルを用いたうえで、理論的な金利(推定金利)を導出したうえで、実際の観測金利が推定金利よりも低い年限は相対的に需給が締まっている一方(需要強)、観測金利が推定金利よりも高い年限は相対的に需給が緩んでいる(供給強)と解釈している。また、日銀は2016年9月の総括的な検証*30において、「イールドカーブの形状による経済への影響」を分析する中でネルソン・シーゲル・モデルに言及しており、「実質金利1単位の低下が需給ギャップに与える影響については、1~2年がはっきりと大きく、年限が長くなるにつれて小さくなることが分かった」としている。イールドカーブを3つのファクターに集約するために主成分分析*31を用いることも少なくなく、東京三菱UFJ銀行(2012)は金利シナリオに関する議論の中で3ファクターについて言及している。 ファイナンス 2019 Oct.47シリーズ 日本経済を考える 93連載日本経済を 考える

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