ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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型モデルは、この推定において幅広く用いられている*23。少し抽象的な話になるが、アフィン型モデルでは金利を表現する際に「アフィン関数」を用いる。アフィン関数とは「定数+線形」という形をとるモデルであり、非線形モデルに比べ取り扱いがしやすい。アフィン型期間構造モデルを用いた初期の研究*24ではイールドカーブに影響を与える要因として、目に見えない要因(潜在変数)のみを用いていた*25。代表的な潜在変数はイールドカーブの「水準」、「傾き」、「曲率」*26という3つのファクターである。例えば、日本国債のイールドカーブの場合、短期国債から40年国債まで数百に及ぶ個別銘柄が存在するが、その背後にはカーブの「水準」、「傾き」、「曲率」という観測できない要因があり、これが個別の金利に影響を与えていると解釈する。このような解釈を行うため、モデルが必要となるが、最もスタンダードなモデルはネルソン・シーゲル・モデル(Nelson-Siegel model)と呼ばれ、アフィン型モデルに一定の制約を課すことで同モデルを導出することができる*27。図3は財務省「債務管理レポート」に掲載されているネルソン・シーゲル・モデ*23) ここでは「短期金利の期待値の平均」の具体的な計算方法についてはテクニカルであるため省略している(この点についてはGürkaynak and Wright(2012)でも明示的な解説は省略されている)。この点の詳細が知りたい読者はChristensen et al.(2007)あるいは菊池(2010)などを参照されたい。*24) Ang(2014)を参照。*25) 目に見えない要因が推定できるというと不思議に感じられるかもしれない。例えば、「リスク・オフ」、「リスク・オン」は市場関係者が好んで用いる用語であるが、これについても直接データで観測できるわけではない。しかし、例えば、多くの金融資産へ影響を与える共通要因という形でモデル化すれば、その共通要因を推定することで潜在変数を抽出することが可能になる。*26) 筆者の印象になるが、実務家の場合、これを絶対値水準、スプレッド、バタフライなどという表現を用いることが多い。それぞれ「水準」、「傾き」、「曲率」に相当するが、この場合、これらを観測できる変数として取り扱っている。絶対値水準は10年国債の金利そのものを見るのに対して、スプレッドの場合、例えば、「10年金利―5年金利」という形で年限間の相対価格を比較する。バタフライとは年限の異なる3つの債券を用いてイールドカーブの曲率を表現する方法である。例えば、バタフライ・スプレッドとして、5年、7年、10年物の利回りを比べ、7年金利を2倍したものから5年と10年の金利を引いた値(7年金利から5年と10年の金利の平均を引いた値)が用いられる。*27) ネルソン・シーゲル・モデルはイールドカーブの補間という観点で用いられることもある。イールドカーブの補間という観点ではネルソン・シーゲル・モデルを拡張したスヴェンソンのモデル(Svensson 1995)が用いられることが多い。詳細は三宅・服部(2016)を参照。*28) 例えば、Rudebusch et al.(2007)は異なるモデルを用いてターム・プレミアムを比較している。ルのイメージ図である(同モデルについてはBOX 2を参照)。アフィン型モデルでは、マクロ変数もモデルに柔軟に取り込むことができる。米国の短期金利を説明するモデルとしてスタンフォード大学のジョン・テイラー教授が提案したテイラー・ルールが存在するが、テイラー・ルールでは米国の政策金利(短期金利)は「目標とするインフレとのギャップ」および「アウトプットギャップ」に依存する。この意味で、イールドカーブはマクロ経済の変数に影響を受けるが、アフィン型モデルを用いればこの要因を明示的にモデル化することができる。この種の研究はマクロ変数を明示的にモデルに取り込んでいること等を背景に「マクロ・ファイナンス」と呼ばれることも少なくない。3.2 実証分析の内容ターム・プレミアムついては、Gürkaynak and Wright(2012)がChistensen et al.(2007)のモデルをベースに推定しており、米国では1970年に上昇したものの、1985年以降低下傾向にある点や、ターム・プレミアムは不景気時に高くなるというカウンター・シクリカルな特性を持つことを指摘している。もちろんターム・プレミアムの値はモデルによって異なるものの、Gürkaynak and Wright(2012)は、これらのポイントについて多くの研究に共通してみられる特徴であると指摘している*28。マクロ・ファイナンスの研究については、例えば、Bernanke et al.(2004)はアフィン型モデルをベースに、GDP成長率、インフレ、FFレートに加え、インフレと成長の予測を含めた分析を行っている。Smith and Taylor(2009)はマクロ変数のファクターとしてインフレとアウトプットギャップを含めているが、これは短期金利がテイラー・ルールに従って図3 ネルソン・シーゲル・モデルのイメージ(水準)(年限)イールドカーブを3つの成分に分解(金利)(傾き)(曲率)出所:財務省「債務管理リポート 2015」を参照46 ファイナンス 2019 Oct.連載日本経済を 考える

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