ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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巻頭言異彩を、放て。株式会社ヘラルボニー 代表取締役/株式会社未来言語 取締役松田 崇弥「お兄さん、お兄さん、私の洋傘を買ってよ!」“ある女性”の発言に背筋が凍りました。それは何故か? その言葉の向けられた相手が安倍総理だったからです。驚愕する関係者の横で、一瞬で笑顔に変わる安倍総理の姿がありました。それは、令和元年5月21日に総理大臣官邸で開催された「安倍総理と障害者の集い」での出来事です。ここで“ある女性”を発表します。彼女は知的障害があり、アーティストとしても活躍する工藤みどりさん。その日は、自身が描いたアート作品がモチーフとなっている洋傘を持って官邸を訪れていたのです。私が代表を務める株式会社ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットです。日本全国10以上の福祉施設とアートマネジメント契約を結び、知的障害のあるアーティストの描いた作品を日本の職人と共にプロダクト化して販売したり、工事現場の仮囲いを行政と連携してソーシャル美術館にしたり、SDGs・CSVの一環としてアート作品の壁紙やソファー・クッションなどをオフィス等の装飾に活用いただいたりと、1,000点以上にも及ぶアーティストの作品を預かり、福祉施設から生まれるアート作品の社会実装を生業としています。ヘラルボニーは、彼らならではのこだわりや驚異的な集中力が、社会に新たな彩りをもたらす柱になると確信しています。岩手県の実家で生活する、自閉症という先天性の知的障害がある私の兄の話をしたいと思います。自宅のカレンダーには、安倍総理も驚くほどにびっしりと事細かに分刻みのスケジュールが書き込まれています。兄は20年以上、日曜日の12時にラーメンを食し、15時にカクレンジャーのDVDを借り、18時にちびまる子ちゃんを観るのです。つまり、自閉症の特徴である「強烈なこだわり」が兄のアイデンティティであり、曜日毎のルーティーン活動を生み出しているのです。同じ動きを繰り返す。決まった手順でしかやれない。一つのことに注目すると他のことに注目し直せなくなる。しかし、この特徴も実は一長一短、アート活動となると同じ表現を繰り返し描き続けるという“唯一無二の個性”に変化するのです。裏を返せば、「知的障害」の特徴そのものが「絵筆」に変わっているのです。私たちは支援者と知的障害者という関係ではありません、ビジネスとビジネスの対等なパートナーとして、クリエイションを発注・受注し合いながら発表する福祉領域の拡張に挑む実践者です。最後に、最近よく考えている違和感について述べさせてください。「障害者」という人物はこの世に存在しない、ということについてです。そんなこと当たり前だろ! と思われた方、申し訳ありません。然しながら、障害者○○法や障害者手帳、障害者アートなんて言葉まで現れているのが現実です。時代は令和という元号に変わりました。「障害者」以外の表現を模索する時期が近づいているのではないでしょうか? 障害というものは個人を表すものでも、個人に帰属するものでもありません。障害というものは社会の仕組みやテクノロジーが追いついていない為「生じているもの」だと思います。つまり、“欠落”ではなく“違い”なのです。私が海外に行くと普段つかっている言語は通じず、流暢にコミュニケーションが取れなくなります。このように、ただの“違い”であると考えています。私たちの活動は、障害そのものにまつわる先入観を壊す実験でもあると思います。願うことは一つ、障害のある方には一人一人の人生があり、ストーリーがあり、それを「個人」として捉えてもらいたい、そんな当たり前のこと、それだけです。ファイナンス 2019 Oct.1財務省広報誌「ファイナンス」はこちらからご覧いただけます。

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