ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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ている*12。筆者の実感になってしまうが、最も使われるケースは中央銀行による利上げ(利下げ)のタイミングの推定であろう。利上げのタイミングに関する市場参加者の予想については新聞などで見たことがある読者も多いと思うが、この利上げ予想はフォワード・レートをベースにしているものが多い。中央銀行の利上げとは、例えば、決定会合でオーバーナイトの金利を0.25%上昇させることだが、フォワード・レートを将来の金利に関する市場参加者の予想と解釈すれば、0.25%上昇するタイミングを現在のイールドカーブから計算することが可能であり、決定会合の日程等に鑑み、利上げの確率を計算することができる*13。また、金融派生商品(デリバティブ)が実務的に用いられる場合においてもフォワード・レートが用いられ*12) アラン・ブラインダー教授は更にこの事実に対して、「彼ら(実務家)はほかに選択肢がないと絶望しているがために、そうしている」とコメントしている。ブラインダー(2008)を参照。*13) 例えば、Bloombergは利上げ確率を計算するツールを提供しているが、オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)などのスワップレートを用いてフォワード・レートを算出したうえで、利上げ確率を計算している。*14) オプション取引において、オプション取引の権利所有者が権利行使した場合に、利益がゼロの状態を指す。金利オプションの代表例に金利スワップに関するオプションであるスワップションがある。スワップションについてはHattori(2017)などを参照。*15) 金利に関するオプションでは、権利行使価格(ストライク・プライス)をフォワード価格としたオプションをATMと呼ぶことが一般的である。商慣行として日本国債に関するオプションでは、権利行使価格を(フォワードではなく)スポット価格としたオプションをATMと呼ぶこともある。なお、株式については権利行使価格をスポット価格とするオプションをATMと呼ぶことが一般的であり、金融商品によって定義が異なる点に注意が必要(株式の場合、フォワードを計算するうえで不確実性を含む配当が関係することがその一因)。*16) 利払いの際の利率がマーケットによって変化する債券。*17) ここでの説明は数式の表記も含め、Gürkaynak and Wright(2012)に負っている。そのため、より詳細な説明は同論文を参照されたい。ることがある。金融派生商品とは国債などの元の資産から派生した金融商品であり、オプションやスワップなどが挙げられるが、金利に関するオプション取引におけるアット・ザ・マネー(At The Money, ATM)*14を計算する際にフォワード・レートが用いられる*15。債券の中には、変動利付債*16に金利の下限(フロア)が付されるものや、発行体や投資家の希望に応じて早期に償還するものがあるなど、金利オプション等のデリバティブが含まれていることがあり、債券市場を理解するうえでデリバティブの知識が求められることが少なくない。例えば、変動金利型の個人向け国債は変動金利について最低金利保証があるほか、途中換金ができるなどの制度的工夫がなされている。BOX 1 純粋期待仮説ここでは少しフォーマルに純粋期待仮説について整理を行う*17。まず本文で記載した純粋期待仮説が成立していると想定する。この場合、tを現時点とすると、(1)「2年債の2年間の投資から得られるリターン((1+yt(2))2)」は、(2)「1年債の1年間の投資の金利(1+yt(1))を得た後、1年債へ再投資することから得られるリターン(1+E[yt+1(1)])」に一致する。ここで1年後の1年債の投資の利回りについては現時点の予想であるため、期待値(E)が付されている。この場合、下記が成立する。(1+yt(2))2=(1+yt(1))(1+E[yt+1(1)])E[yt+1(1)]は1年先(t+1時点)の1年金利のフォワード・レートと定義し、E[yt+1(1)]=ft(1,1)とする。この式をシンプルにするためlog(1+r)~-rという近似式を用いると上記は下記のように簡易化できる。2yt(2)=yt(1)+ft(1,1)←→ft(1,1)=2yt(2)-yt(1)このことを一般化すれば、n年先のm年フォワード・レートは下記のように計算される。ft(n,m)=1m((n+m)yt(n+m)-nyt(n))44 ファイナンス 2019 Oct.連載日本経済を 考える

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