ファイナンス 2019年10月号 Vol.55 No.7
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UFJ銀行*2が執筆した「国債のすべて」でもイールドカーブの決定要因として同様の分類が見られるなど、我が国の円債関係者の中では、この分類を基に、金利の期間構造について議論することに一定のコンセンサスがあるものと思われる。本稿の構成は次の通りである。2節で純粋期待仮説について記載し、3節で流動性プレミアム仮説について言及する。4節では筆者の学術研究の紹介を交えつつ、市場分断仮説について記載する。5節は結語である。2. 純粋期待仮説2.1 純粋期待仮説とは金利の期間構造を考えるうえで、最初に教科書で取り上げられる内容は「期間構造に関する(純粋)期待仮説」である*3。純粋期待仮説の直感的なメッセージは、長期金利は将来にわたる短期金利の予測によって決まっているというものである。例えば、10年国債の金利には向こう10年間にわたる1年金利の予想が集約されていると解釈される。通常、この仮説を説明する際には、投資家の裁定行動*4を考える。ここでは話を簡単にするため、1年債を短期国債、2年債を長期国債としたうえで、長期国債の金利がどのように決まるかを考えてみよう。ある投資家が2年間の投資を考えており、(1)2年債を投資する場合と(2)1年債に投資したあと、さらに1年債へ投資する場合の2つの選択肢を考えているとする。もし投資家が(1)と(2)を同質の投資だと考えるのであれば、(1)と(2)のリターンが同一でなければ裁定機会が発生してしまう。「期間構造に関する(純粋)期待仮説」とは、(1)と(2)のリターンが異なれば投資家の裁定が働きうるがゆえに、結果として(1)と(2)のリターンが一致することになるというものであり、この説に基づけば、2年債の金利は*2) 同行の名称については同書が出版された時の名称を用いている。*3) 純粋期待仮説以外にも、期待仮説(Expectation Hypothesis)と呼ばれることもある。本稿では明示的に区分をしていないが、純粋期待仮説と期待仮説を厳密に分けて定義する文献もある(前者は長期債の短期債に対する期待超過収益率はゼロ、後者は期待超過収益率が時間を通じて定数)。詳細はLutz(1940)、Campbell et al.(1996)などを参照のこと。*4) 類似性の強い2つの商品の価格に乖離がある場合、相対的に価格が高い商品を売り、価格が安い商品を買うことにより収益化を図る投資行動をいう。アービトラージと表現することもある。*5) この式の表記はAng(2014)を参照としている。*6) ブラインダー(2008)を参照。*7) フォワード・レートを用いた期待仮説の検証についてはブラインダー(2008)を参照している。より詳細な説明は同書を参照されたい。今年の1年債と来年の1年債の金利の平均的なリターンと解釈することができる。この議論は例えば、(1)N年債を投資する場合と(2)1年債をN年間投資する、という形で一般化することが可能であり、前述のような裁定関係を用いれば、長期金利が将来の短期金利の平均的なリターンに一致することを示すことができる。もう少しフォーマルに純粋期待仮説を定義すると次のような式で表現できる(数式を用いた定義はBOX 1を参照されたい)。名目長期債利回り=短期金利の期待値の平均…(1)*52.2 純粋期待仮説に関する実証研究それではこの純粋期待仮説はどの程度の説明力をもっているだろうか。実は期待仮説が金利の期間構造を完全に説明できると考えている人は、実務界でも学術界でもほとんどいない、といっても良い。米連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board, FRB)の副議長を務めたプリンストン大学のアラン・ブラインダー教授の表現を借りるなら、「金利の期間構造に関する期待仮説を現実のデータで証明できないということは、疑いを差し挟む余地のない事実」である*6。期待仮説の検証に関する代表的な研究はCampbell and Shiller (1991)やCampbell(1995)などであるが、ここでは「フォワード・レート」を説明したうえで、期待仮説の検証に関する内容を直感的に説明する*7。先ほどは(1)2年債を投資する場合と(2)1年債に投資したあと、さらに1年債へ投資する2つの選択肢を考えた。2年債の金利と1年債の金利については、実際の取引データを取得することもできるが、話を簡素化するため前者を2%、後者を1%とする。この場合、(1)と(2)の投資のリターンが同じと考えることで、現時点で取引されている2年債の金利(2%)と1年債の金利(1%)を用いて、1年先の1年金利を計算することができる(図2を参照)。これが、将来42 ファイナンス 2019 Oct.連載日本経済を 考える

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