ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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政策の不確実性の上昇が出生率に負の影響を与えていた事が分かった。注目すべきは出生率に対する公債リスク指標の影響であり、サンプルが少ない為有意性はないが特に南欧においては失業率の出生率への影響に匹敵する負の影響を与えていた可能性がある事が示唆されている。相対所得仮説は経済学の通例に従い景気循環を生産量の変動で説明しているが、実際の家計はより様々な要素を考慮して将来の生活水準を考えているのかもしれない。冒頭でのリーマンショック後に発生した低出生率も、アメリカの若い世代が様々な要因から将来に関して悲観的になっている事を意味している可能性がある。2.5 少子化対策の政策効果今までは、人口転換・少子化がどのように経済学で扱われて来たかを紹介してきた。一方で、2019年10月より開始される幼稚園・保育園の無償化や出産一時金等、少子化対策を目的とする各政策には近年大きな関心が寄せられている。この事を踏まえ、この節の最後では、どのような政策が少子化に対して有効であるかを議論したApps and Rees (2004)の研究を紹介する。この研究は、近年の先進国にて観測されている女性の労働参加率と出生率との正の関係*27に合理的説明を与える事を目的とするものである。ここでは一般的な家計内生産モデルが用いられており、そこでの効用最大化問題は以下のように定式化されている。maxu(N,c)=γln(N)+(1-γ)ln(c) s.tc+x=wm+wf(1-z),N=f(z,x).N:子供人数, c:消費水準, x:購入可能な保育サービス, z:子育て時間, wm:男性賃金, wf:女性賃金, γ:女性賃金*27) モデルの注釈:家計は効用を最大化する子供の人数Nと消費水準cを選択する。消費財cの購入と保育サービスxの購入は男性の所得と女性の所得の合計wm+wfに依存する。女性は賦存時間の一部zを子育てに振り向けるが、保育サービスxの購入でその時間を削減する事が出来る。なお、このモデルでは総労働時間は1に平準化されている。*28) 経済学的問題の解とは、目的の関数(この場合は家計の効用と子育て費用)が最適化されている場合に選択される内生変数の組(この場合は子供の数Nと消費財cの組み合わせ、子育て時間zと保育サービスxの組み合わせ)の事を指す。通例、問題の解にはアスタリスク(*)が添えられる。即ち、効用最大化問題の解は(N*,c*)、費用最小化問題の解は(z*,x*)にて与えられる。ここで家計内生産の投入となっているxは育児の役に立つ市場財、例えば保育サービスである。十分な所得のある家計は保育サービスxを購入する事により、育児に費やす時間を軽減する事が出来る設定となっている。予算制約の第一式を書き直すとc+x+zwf=wm+wfとなり、この内x+zwfは家計の子供に対する総費用と解釈できる(zwfは女性が子育てをすることによる機会費用)。家計内生産モデルでは、所与の子供の人数Nに対しての費用を最小化する形で保育サービスxと子育てへの時間の投入量zが選択され、子供に対する総費用C(wf,N)は最小化問題の解*28N*として与えられる。結果、子供1人当たりの子育て費用pは女性の賃金wfに関する増加関数p(wf)となる。この為、以下の最大化問題は上のものと同値となる。maxu(N,c)=γln(N)+(1-γ)ln(c) s.tp(wf)N+c=wm+wf.家計当たりの子供の人数はこの問題の解N*として与えられる。子供の人数N*に対する女性の賃金wfの効果はN*をwfで微分して与えられるが、これは子供への選好γと最適に選ばれた子供への時間配分z*の差を一人当たりの子育て費用で除したものに等しくなる。∂N*∂wf=γ-z*pこの効果は子供への選好γと子供への時間配分z*の関係によって異なる。例えば、家計が子供をもつ意欲が高い一方で、十分な子育ての時間を確保できない場合(γ>z*)は、保育サービスxに予算を費やすインセンティブが生じることから、購入可能な保育サービスを増やす女性賃金wf上昇が出生率N*に正の影響を与える可能性がある事が分かる。また、時間を十分に確保できる家計(γ=z*)の子供の人数は女性賃金wfとは独立に決定する事もわかる。Apps and Rees(2004)は更に、女性賃金wfの上昇により家計内の時間の潜在価格が上昇する家計内生産財{N,c}{N,c} ファイナンス 2019 Sep.79シリーズ 日本経済を考える 92連載日本経済を 考える

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