ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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等の研究が行われた。Barro and Becker(1989)は利他的(Altruistic)*21な家計が子孫の幸福までを意識して効用最大化を図るとするものであり、資本蓄積と出生が同時決定する構造はGalor and Weil(1996)と共通する。Galor and Weil(1996)は、労働は物的労働と知的労働に分割され、男性は両労働資源を持っているが女性は知的労働資源のみを持つことを前提としている。一方で、人的資本蓄積kは知的労働の生産性のみ改善する為、資本装備率の上昇は特に女性の労働生産性を大きく改善させる。男女1組の家計は、貯蓄・消費の源となる労働・子育ての時間配分を決定する*22。子育てには男女どちらか片方の時間の内一定の割合z∈(0,1)を要する。市場では物的労働にwtp、知的労働にはwtmの賃金が支払われるので、男性・女性の賃金はそれぞれwtp+wtm,wtmとなる。ゆえに子育ての機会費用は、子育てに要する時間の割合に賃金を乗じたものとなり、それぞれz(wtp+wtm),zwtmとなる。各々が子供を2名までしか育てられない*23とすると、子供の人数に依拠して夫婦の役割分担が決定する。これらを踏まえた家計の効用最大化問題がGalor-Weilモデル*24を構成する。その定式化は以下の通りである。maxut=γln(Nt)+(1-γ)ln(Ct+1)s.t.{wtmzNt+St≤wtp+2wtmifzNt≤1, wtm+(wtp+wtm)(zNt-1)+St≤wtp+2wtmifzNt≥1, Ct+1=St(1+rt+1).Nt:子供の人数, Ct+1:来期消費水準, St:貯蓄, z:子育て時間, wtm:知的労働賃金, wtp:物的労働賃金, rt+1:利子率, γ:子供への選好経済主体の予算制約式は子育てにおける夫婦の役割分担を反映している。即ち、(1)女性の時間zを子育てに費やすケース、(2)女性が全時間を子育てに費やすケース、(3)女性が全時間、男性が時間zNt-1*21) Nishimura and Zhang(1992)等、利他性による世代接続を通じて人口構造を考察する拡張ライフサイクルモデルも存在し、家族内での交渉や社会保障制度の影響を議論する際に用いられている(Cigno, 2016)。*22) 第2期の収入は第2期の子育て費用と第3期における貯蓄に配分される。第1期は被養育期間でありこの時期に経済的意思決定は行われない。*23) 制約条件を見ると、家計の機会費用は1で区切られている。これは男女1組の家計を想定している事に由来する(子供も男女1組を単位とする)。*24) モデルの注釈:家計は獲得した収入を来期の消費Ct+1の為に貯蓄するか、今期の子育てNtに利用するかの選択を行う。子供の人数が少ない場合は女性が子育てに時間を費やす一方、人数が多い場合は男性も子育てに時間を費やす必要がある。この為収入も子供の人数に依存する。なお、貯蓄に対しては一定の利子rt+1が付く。を子育てに費やすケースの3つを考えている。家計が老後の消費に強い選好を持つ(γ<1/2)場合に限られるが、この式の解は以下で与えられる。Nt=min{1/z,γ{2+(wtp/wtm)}/z}物的労働賃金wtpは人的資本蓄積kの影響を受けないのに対し、知的労働賃金wtpは人的資本蓄積kの増加を通じて上昇する。従ってkからk'に女性の人的資本が増加したとするとNt(k')≤Nt(k)が成立する。即ち、人的資本蓄積を通じた知的労働の賃金拡大は家計あたりの子供の人数Ntを減少させる。この賃金の拡大により子供が減少するという議論はWillis(1973)の議論と類似しているように見える。しかしながら、Willis(1973)は家計内生産における賦存時間と市場労働時間の配分というミクロ的家計現象を記述しているのに対し、Galor and Weil (1996)は経済全体の労働賃金の拡大によって子育ての機会費用が決定するという、マクロ経済学的な経済成長と人口の関係を扱っている事に違いがある。経済成長論においては、人的資本蓄積は技術革新と共に労働力当たりの生産量を拡大させる要因と定義されている。Galor and Weilによる一連の著作(Galor and Weil, 1996, 1999 and 2000)はこの家計の出生モデルを一つの議論軸とし、経済成長論と人口経済学を統合する。特に、Galor and Weil (2000)は近世以来の人口転換を3つの社会制度(Regime)の間の移行過程として結論付ける。移行要因の議論は複雑であるので説明は原著に譲るが、考え方としては技術革新によって教育投資の効果が拡大する事で人口(労働力)の数そのものに依存しない経済成長が実現するというものである。・マルサス型(Malthusian Regime) 18世紀の農耕社会。技術水準の成長が緩慢で技術革新も農業分野に限られる。如何なる生産の上昇もそれに伴う人口成長の加速によって打ち消される。{Nt,Ct+1} ファイナンス 2019 Sep.77シリーズ 日本経済を考える 92連載日本経済を 考える

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