ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
80/94

ア*20Φ(C,S,H,κ,T)を得る。この式は、家計の持っている時間資源と市場条件に依存して子供関連の家計内生産Cとそれ以外の生産Sの組合せが決定するという事を意味する。Φ(C,S,H,κ,T)=0ところで、このモデルは男女1組の家計を想定していた。男性はフルタイムで働く一方、女性は家計内生産か市場労働(外での仕事)に従事するかの選択を迫られる事になる。家計内生産関数により女性の時間あたりの潜在価格W^が決定するが、これは女性による市場労働時間と家計内労働時間の間での時間配分の判断基準となる。すなわち、(1)市場労働賃金W'が低ければ、女性が市場に労働を供給しないこととなり、(2)市場労働賃金W'が十分に高ければ、女性が市場に労働を供給することとなる。(1)の場合、子供サービスの総量Cは統合家計財S、男性総収入H、女性の賦存時間Tに依存して決定し、関数K(S,H,T)にて表現される。(2)の場合、女性は市場に労働力を供給する為、女性の人的資本蓄積κにも依存し、関数J(S,H,κ,T)にて定義される。0=φ(C,S,H,κ,T)=-C+K(S,H,T)whereW^>W'…(1) -C+J(S,H,κ,T)whereW^=W'…(2)また、女性労働時間の家計内での潜在価格W^と市場労働賃金Wの両者が外生変数(所与の条件を表す変数)である為、女性の市場労働参加率R及び家計における子供の人数Nも、残りの変数である男性の総収入H、女性の人的資本蓄積κ、女性の賦存時間Tにて表現する事が出来る。R=R(S,H,κ,T)={0whereW^>W' 1whereW^=W'*20) 生産可能性フロンティアは効率的な生産財の組み合わせの軌跡を意味している。この場合の生産可能性フロンティアは、家計は効率的な家計内生産財の組合せの軌跡として定義されている。N={N0(H,T)ifR=0, N1(H,κ,T)ifR=1.Willis(1973)の議論は、戦後における女性の人的資本蓄積κの向上による女性の市場賃金W'の上昇が以下の3つの効果をもたらしたと結論付けている。・女性の市場労働参加率Rの増加 ・所得効果を通じた子供への需要Nの増加 ・女性が労働している場合、上昇した市場賃金W'に応じて女性の時間の潜在価格W^も増加する。結果子育ての機会費用が上昇し、子供への需要N1は低下家計内生産モデルによる議論は1960年代のアメリカにおける少子化が3番目の要因によるものであると説明している。日本においても女性の賃金は上昇傾向にあり、アメリカにおける1960年代の減少とその要因は日本にとっても大いに参考にすべきものである。2.3  人口の長期モデル:Galor-Weilに よる議論ここまでは主に戦後を対象とした経済理論を紹介してきた。しかしながら、これらは冒頭に挙げた多産多死社会から少産少死社会への移行といった何世紀にもまたがる人口転換過程すべてを対象としたものではない。このような長期的な経済の動向を説明する学問分野には、経済成長論が存在する。経済成長論の中で、特に人口動態を織り込んだものを人口内生モデル(Endogenous population model)と呼ぶが、ここでは経済成長と人口及び出生率の長期的な関係を扱うGalor and Weil(1996)による議論を紹介する。まず、経済成長論にBecker(1960)の議論が取り込まれた経緯を解説する。車の購買量と価格の関係に着想を得て開始された子供の質と量に関する議論であるが、Becker and Lewis(1974)やBecker and Tomes(1976)において“子供の質”は教育や人的資本として解釈されるようになった。これを基礎として資本蓄積を通じた経済成長とBeckerらの議論を接続したBarro and Becker(1989)やGalor and Weil(1996){76 ファイナンス 2019 Sep.連載日本経済を 考える

元のページ  ../index.html#80

このブックを見る