ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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及び通常消費財Zに関する所得弾力性*15(εQ,εN,εZ)の関係式α(εN+εQ)+(1-α)εZ=1が得られる*16。この式は何を意味するのだろうか。子供が通常財*17である場合εN+εQ>0が成立し、所得の上昇に応じて子供への総支出が増加する。しかしながら、子供の質の所得弾力性εQが十分に大きい場合、子供の人数の所得の弾力性は負の値をとり(εN<0)、子供の人数Nが所得の上昇と共に減少する可能性がある。この場合、家計が所得を得る事で子供向けに振り向ける資金に余裕ができるわけだが、その増大した余裕は子供一人当たりの教育投資や各種移転の拡大(質の拡充)に向けられており、子供を増やす方向には向かわず、子供の人数はかえって減少している。このように、戦後の少子化をめぐるBecker(1960)の議論は、一人の子供を育てることに要する“費用”の上昇に従って、子供に対する“需要”(出生)が低下してゆくという経済学の基礎的な議論に依拠しており、以後の人口経済学における議論の基礎となってゆく。2.2 家計内生産モデル男女雇用機会均等法の施行以降、ますます多くの女性が労働に参画する事となった。しかしながら、『平成28年社会生活基本調査』(厚生労働省)によれば、共働き世帯は増えているものの、家事や育児の負担は依然として女性に偏っている現状がある。男性はフルに外で働き、女性は部分的に働く構図が浮かび上がってくるが、このような家計をイメージして経済分析を行ったのがWillis(1973)による家計内生産(Home production)モデルである。家計内生産モデルは人口経済学や労働経済学での政策評価等に幅広く用いられている。早速モデルの概略*18を見ていこう。家計は以下の最大化問題に直面している。*15) 所得が1%変化すると、特定の財の消費量が何%変化するかという概念である。*16) αは効用関数の形状に依存して決定する。直観的に言うと子供への選好を反映するパラメータである。*17) 所得が増加するにつれて消費が増加するような財のこと。*18) モデルの注釈:家計は子供の人数N、質Q、統合財Sの組合せが最大効用をもたらすよう総所得H+W{T-(tc+ts)}を配分。但し、総所得は男性・女性の総収入にて決定し、総所得にて購入されるのは市場財xc,xsである。なお、子供の養育サービスC及び統合財Sの生産には市場財xc,xs及び女性の時間Tを要する。また、女性の賃金Wは労働時間T-(tc+ts)と人的資本蓄積κに依存する。*19) Willis(1973)の総資産(full wealth)は金銭的なものではなく、市場価値で評価した家計内生産財となっている事に注目されたい。これは、家計の時間賦存量と市場の状況、家計内生産関数に規定される。maxU(N,Q,S)s.t.H+W{T-(tc+ts)}=p(xc+xs),C=NQ=f(tc,xc), S=g(ts,xs), W=w(T-(tc+ts),κ)C:子供サービスの総量, S:統合財(子育て以外の家計内生産財), N:子供の人数, Q:子供の質, H:男性総収入, W:女性賃金, T:女性の時間賦存量, κ:女性の人的資本蓄積, p:市場財価格 tc:子供への時間投入, xc:子供への市場財投入, tS:統合財への時間投入, xS:統合財への市場財投入,このモデルの特色は、制約式の2、3番目にある家計内生産関数(Home production function)f(・),g(・)である。家計は市場から購入する財から直接効用を得るのでなく、家計自らが時間をかけることで(t)、あるいは外部財・サービスを活用することで(x)家計内財を生産し、これによって効用を得る。子育てに時間をかけられれば効用は高くなり、あるいは、保育サービスなど外部財・サービスに子育てを任せられる場合も効用は高くなる。この生産関数の存在がある為、家計はこの複雑な問題を解くにあたって、二種類の最適化を行っている。・費用最小化:所与の総資産*19Iの生産費用を最小化するような、投入時間、投入財(tc,ts,xc,xs)の選択・効用最大化:総資産Iの制約下で、効用Uを最大化するような家計内生産財(N,Q,S)の選択これらの最適化の結果得られる子供の人数N、子供の質Q、家計内生産財Sを総資産制約(I=pcC+psS,C=NQ)に代入すると、以下の生産可能性フロンティ{N,Q,Z} ファイナンス 2019 Sep.75シリーズ 日本経済を考える 92連載日本経済を 考える

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