ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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計*6など様々なものが存在する。これらの推計に用いられている技法は一般に投影(Projection)と呼ばれる。詳しい説明は各推計の技法解説*7に譲るが、投影は(1) 目下の人口動態*8の正確な把握及び(2)この人口動態が続いた場合の将来人口の算出の2段階の分析を通じて将来人口推計を導出する技法である。これは、プロジェクターの如く現在の人口動態を将来に向けて文字通り投影するものであるとイメージして頂くとわかりやすい。将来人口推計における不確実性も、この2段階の分析構造に由来して生じるものであり、第1段階におけるデータ・分析手法による不確実性と、第2段階における人口動態の継続的な実現を仮定することによる不確実性がある。これらの不確実性に対処する為、例えば『日本の将来推計人口』においては目下の人口動態の分析手法*9に由来する揺らぎを反映して、出生率・死亡率それぞれに関し、低位・中位・高位の3つの仮定に基づくシナリオで、推計を行っている。2 人口転換・少子化に関する経済研究前節では、人口学に基づく人口統計の基礎指標や、人口推計の基礎的な考え方を紹介した。本節では、経済学において、これまで人口転換及び少子化問題がどのように解釈され、説明されてきたのかを紹介*10してゆく。人口学に基づく人口推計と経済学の議論の主な違いは、前者が純粋に人口変数のみを扱うのに対し、後者は人口変数と経済変数を扱っている所にある。人口推計においては、推計値をより正確に求めることが重要となるため、不確実性を増すことにつなが*6) ここでいう「推計」とは、いまだ実現していない人口の将来値に関して、現状が維持された場合の実現値として導出することをいう(『日本の将来推計人口-平成29年推計の解説及び条件付き推計』)。*7) 『日本の将来推計人口』に付帯する『日本の将来推計人口-平成29年推計の解説及び条件付き推計』や『人口・人口動態報告』に付随する”Methodology of the United Nations Population Estimates and Projections,” 『経済活動人口推計』の基礎となっている“The ILO Populations Projection Model”などがこれに該当する。なお、これらの投影手法は国連による“Manual III:Methods for Population Projections by Sex and Age”(1956)に由来する。*8) 例えば平成29年度の『日本の将来推計人口』においては、2011年から2015年までの出生率・死亡率の実績値を利用する形での推計の修正が行われている。*9) 例えば『日本の将来推計人口』を始め、各国は死亡率の推計にLee and Carter(1992)にあるリー・カーターモデルを用いている。リー・カーターモデルを始めとした人口統計学における手法の解説は和田(2015)に詳しい。人口推計の作業全体はコーホート要因法と呼ばれる手法に基づく。*10) 人口について経済学の視点から分析を行う人口経済学を扱った国内文献としては、加藤(2001)、山重(2013)、山重・加藤・小黒(2013)等がある。近年の理論・実証研究の動向においてはBloom and Luca(2016)が詳しい。本記事の記述もこれらの文献に依拠している。*11) 『日本の将来推計人口-平成29年推計の解説及び条件付き推計』p.5を参照。*12) Beckerは限界理論と市場均衡によって経済行動を記述する新古典派の概念を家族、依存や政治等の経済行動以外の分野に拡張した初期の経済学者である。人口経済学も概ね新古典派の議論に従う。*13) この節で紹介される議論の大半はこの効用最大化問題にて記述される。経済学での議論は限られた資源の中でいかに目標を達成するかという形式で述べられる。ここでは、家計が限られた資源(s.t以降の式により記述される制約条件)の下で効用(幸福度の個人的指標)を最大化する問題を考える。なお、本節の各モデルには、注釈として変数の説明と最大化問題に対応する解説を付記してあるので適宜参照されたい。*14) モデルの注釈:家計は子供の人数N、子供の質Q、消費財Zの組合せが最大の効用をもたらすよう所得Iを配分する。子育ての総費用πcNQと消費財への支出πZZの合計は所得Iに一致しなければならず、余剰及び借入は無いものとする。なお、πcとπZは通常の価格ではなく、家計の最適化行動から導出された所得1単位からみた各財の効用上の価値を示す潜在価格である。る変数の数は、できるだけ減らすことが望ましい。したがって、人口変数と社会経済変数の相互関係の導入により推計の技術的な困難度が増すことや、社会経済変数の選択に恣意性が生ずるとの観点から、社会経済変数を捨象した中立的な推計によるアプローチが好まれる*11。これに対し、経済学では、人口動態を経済事象ととらえ、推計結果の正確性よりも、設定したモデルが理論的に成り立つかどうかを重視することから、社会変数間(ここでは人口変数と経済変数)の関係をシンプルにとらえるモデル・アプローチが好まれる。このように人口学と経済学によるアプローチは異なるわけだが、必ずしも相反するものではなく、むしろ相互に補完的なものであり、複雑な人口動態を考えるには両者を理解する事が重要である。2.1 質と量のモデル第2次世界大戦以降の出生率の低下は世界的な現象であり、当時の人口学ではこの現象を説明することが出来なかった。Becker(1960)*12は子供の人数Nと子供の質Qを消費財として捉え、一般的な効用最大化問題*13としてこの現象を記述した。このモデルは質と量(Quality and quantity)の選択モデル*14とも呼ばれる。maxU=U(N,Q,Z)s.t.πcNQ+πZZ=I,N:子供の人数, Q:子供の質, Z:通常消費財, πc:子供関連支出価格, πZ:通常財価格, I:総所得.このモデルを解く事で、子供の質Q、子供の人数N{N,Q,Z}74 ファイナンス 2019 Sep.連載日本経済を 考える

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