ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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しかし、私は元気を奮いおこして、体調が悪い時ほど栄養をつけなくてはいけないと自分に言い聞かせ、肉味噌作りに立ち上がった。肉味噌とキムチをたっぷりのせたそうめんを1束食べ、然る後にもずくのせのあっさりそうめんを1束食べて昼飯を終える。ソファーでコーヒーを飲み、今朝スーパーで買った安物の大福を食べて一休みをすると、またモーティマー夫人の地誌を読みたくなってきた。めちゃくちゃな内容を何のためらいもなく断定する彼女の文体に、悪魔的な魅力があるのかもしれない。中国については、「(異教徒の国ながら)人々は物静かで秩序正しく勤勉」であるとし、「とても賢いことは認めなければなりません」と、とりあえずは一定の敬意を払っているように見える。しかし話が宗教になると、案の定、彼女の独断と偏見は大いに発揮され、「儒教、道教、仏教では儒教が一番まし」とし、それは、老子は大うそつきで、ブツダは、自分は「仏」という神になるのだと偽ったのでさらに罪深いからだとしている。そして、中国人の性質については、利己的で冷酷であると断定し、物乞いが死んでいるのを見ても気にもかけず、すぐそばで平気で賭け事をしているとしている。他方、ワインよりお茶を好む点は褒めているが、最近はアヘンを吸いはじめたと非難している。しかし、福音主義者モーティマー夫人の名誉のために付け加えるが、「中国では(アヘンは)禁止されているが、イギリス人がこっそり売っているのです(かなしいことですが)」とも指摘している。我々が「微笑みの国」と呼ぶタイについては、シャム人はビルマ人と似ているがさらに醜いとか、不誠実で臆病だとか、残酷という点ではビルマ人と同じだとかひどいことを書き連ねている。東洋の君子国我が日本については、かなり好意的というか、比較的正確な書きぶりである。礼儀正しく、学問があって、読み書きができ、地理と算術と天文学の知識があると褒め、また、日本が風水害や地震、火山噴火などの自然災害にしばしば見舞われることを述べている。一方、邪悪な風習として、自殺を禁ずるキリスト教の教えに反する罪として、切腹の風習を批判している。アフリカに関する記述となると、アジアに関する記述以上に、見下しモードのとんでもないものである。ただ、それが夫人の無知と宗教的な偏見に由来するものであって、彼女の主観的な悪意によるものではないということは述べておくべきであろう。また、北アメリカについての記述の中で、北アメリカインディアンが毎年のように人口が減っている理由を、白人がやってきて彼らの土地を奪ったからだと指摘していること、南部の奴隷制や、北部における黒人差別についてかなりの字数を割いて批判していることも、彼女のために挙げるべきであろう。編者によれば、モーティマー夫人、旧姓ファベル・リー・ベヴァンは、16冊の子供向けの本を出版し、1833年の処女作「夜明けに…幼い子供にも理解できる最初の信仰の手引き」は100万部が売れ、38か国語に翻訳されたというのであるから、現在はあまり知られていないが、当時、児童文学の世界では著名な作家であったのだろう。ロンドンの裕福な家庭に生まれたファベルは、1841年39歳でトーマス・モーティマー牧師と結婚してモーティマー夫人となったが、彼女の結婚生活は、編者によると、必ずしも幸せなものではなかったようだ。夫が死去した1850年11月の数か月後、かつて恋愛感情を持っていたヘンリー・マニングがカトリック教徒になったという知らせを聞いて、彼女は大いに嘆き悲しんだ。(後年マニングはカトリックとして枢機卿にまで上りつめる。)というのは、彼女は元々クエーカー教徒として育ったが、25歳の時、6歳年下のマニング青年と聖書の研究を始め、二人の間に愛情が芽生えて彼女は福音主義に転向したからである。しかし、母親によって彼女はマニングに手紙を書くのを禁止され、前掲処女作出版の数か月後、マニングは教区牧師の娘と結婚してしまった。彼は数年後妻に先立たれると修道院に入り、その後彼女からの文通を再開したいとの申し出を断っている。編者は、彼女の地誌の「カトリックに対する悪意のこもった記述を読むと、恋愛で受けた傷がまだ癒えていないことを感じさせる」と指摘している。モーティマー夫人については姪が伝記を残しているが、編者によれば「なんの感動もない退屈な伝記を読むと、モーティマー夫人の暗い人生において、二つの衝撃的な事実が判明する。一つ目は、三冊の権威ある62 ファイナンス 2019 Sep.連載私の週末 料理日記

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