ファイナンス 2019年9月号 Vol.55 No.6
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私の週末料理日記その336月△日土曜日新々この歳になって、中耳炎になってしまった。子供の頃にもかかったことのなかったのだが。まるでプールの底にでもいるような感じで、人と会話するのが苦痛である。気のせいか体もだるい。朝食材の買い出しから戻ると、ベッドに倒れこむ。しかし9時間も寝た後だけに、寝付けない。仕方がないので、先週図書館から借りてきた「モーティマー夫人の不機嫌な世界地誌」(トッド・ブリュザン編、三辺律子訳、バジリコ発行)を読む。19世紀英国の敬虔な福音主義者にして児童作家である同夫人による児童向け地理の教科書三部作をまとめたものであるが、他国民や異文化に対する偏見と無礼を、子供に道徳を訓戒するような言い切り口調でぽんぽんと書き連ねてあるなんとも強烈な本である。まず地誌の冒頭、彼女の母国であるイングランドについては、イングランド人は世界一幸せな国民と断言している。その理由は「イングランドほど聖書がたくさんある国は、他にないから」。隣のウェールズについては、「ウェールズ人は清潔ではありませんが、家は毎年白い漆喰を塗りなおすのできれいに見えます」とまあまあの評価である。(因みに編者によれば、本書執筆当時彼女が住んでいたところからウェールズはほんの数マイルの距離であったにもかかわらず、彼女はウェールズに足を踏み入れたことはなかったという。)ストコットランドについては「スコットランド人の最大の欠点は、ウィスキーに目がないことですが、もう一つの欠点はお金に目がないこと」で、「いつも正当な金額より多くを請求し、払うときは出し渋ります」とかなり侮辱的である。アイルランドに至っては、凄まじいことを言いたい放題である。曰く、アイルランド人は自分たちをキリスト教徒だと言っているが、聖書も読まない。それは聖職者たちが間違ったことを教えているがばれるのを恐れて聖書を読まなくていいと言っているからだ。彼らが教えている宗教は、ローマカトリックと呼ばれているもので、キリスト教の一種だがとても悪い宗教だと。大陸の国々に転ずると、フランスは彼女が敵視するカトリックながらあまりこき下ろされてはいないが、スペインとなると「スペイン人は怠け者であるばかりでなく残酷です。闘牛が大好きで…」という具合だし、ポルトガル人については、「スペイン人と同じぐらい怠け者ですが、…スペイン人よりうそつきです」、「ポルトガル人より手先が不器用な国民はいないでしょう」と、より侮蔑的である。イタリア人については、「ほんの少年さえ、けんかの時は素手でなく石を投げ合い、大人はナイフで切りあいます」とさらに過激である。アジアと欧州の境のトルコになると「トルコ人はまじめな顔をしているので、賢そうに見えます。でも、怠惰な人間が賢いはずはありません」と決めつけの度合いは一段と強烈である。誤解に満ちたステレオタイプな記述に少々飽きてきて、二時間ほど微睡んでいると、目覚まし時計のタイマーが鳴った。そろそろ起きて昼食の準備をしよう。とはいえ、体調は依然悪い。朝買い出し時の構想では、昼は親子丼、晩はプルコギにするつもりだったが、昼はそうめんが食べたくなった。そうめんというと必ず反対する女房も娘たちも外出しているので、一人でそうめんを楽しむことにする。いつもなら、肉味噌とキムチのせでそうめんを3束は食べるところなのだが、今日は、もずくと刻み茗荷をのせてあっさり食べたい気もする。やはり体調が悪いようだ。 ファイナンス 2019 Sep.61連載私の週末 料理日記

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